ピヨ鳥とピヨ猫の声楽ゼミ
原論文:Johan Sundberg, Margareta Thalén, Lisa Popeil “Substyles of Belting: Phonatory and Resonatory Characteristics” (2012)
ピヨ鳥せんせ〜!ミュージカルの「ベルティング」って、あのガツンと張り上げるやつでしょ? それが論文になるってことは、何を調べたのニャ?
いい入り口だピヨ!この論文のキモは、ベルティングをひとかたまりにしないところピヨ。ミュージカルの現場では、ベルトが5つのサブスタイルに枝分かれしていると考えられているピヨ——ヘビー(heavy)、ブラッシー(brassy)、リンギー(ringy)、ネイザル(nasal)、スピーチライク(speechlike)。それにクラシック唱法を比較用に加えて、全部で6つを測ったピヨ。
“This investigation attempts to describe phonation and resonance characteristics of different substyles of belting (heavy, brassy, ringy, nasal, and speechlike) and the classical style.”→ この研究は、ベルティングのいろいろなサブスタイル(ヘビー、ブラッシー、リンギー、ネイザル、スピーチライク)とクラシック様式について、発声(音源)と共鳴の特徴を書き出そうとしたものピヨ。p.44 Summary
ここで「発声(phonation)」は声帯まわり=音源の話、「共鳴(resonance)」は声道の形=フォルマントの話ピヨ。この2階建てで見るのが今日の地図ピヨ。
で、結論から言うとどっちが効いてたの? 名前が5つもあるってことは、口の形が5通りあるってこと?
それがおもしろいところピヨ。答えは逆だったピヨ。フォルマント(声道側)はサブスタイル同士をあまり分けてくれなくて、はっきり分かれたのは音源側だったピヨ。
“Thus, the differences between the belting substyles mainly concerned the voice source.”→ つまり、ベルティングのサブスタイル同士の違いは、主として音源(声帯の鳴らし方)にあったピヨ。p.44 Summary
逆に、ベルト全体とクラシックを分けたのは第1フォルマント(F1)だったピヨ。この2本立てを、順番にほどいていくピヨ!
用語が一気に増えそうな予感…。先に地図がほしいニャ。ロジックツリーってやつ、あるの?
もちろん用意したピヨ。枝分かれのなかま分けピヨ。上が大ざっぱ、下がこまかいピヨ。チップを押すと、その用語を話すシーンに飛べるピヨ。
🎭 A. 測った6つのスタイル
1人の歌手が歌い分けた「聞き分けの対象」。
🫁 B. 音源のものさし
声帯がどう鳴っているかを数字にする道具。
📣 C. 共鳴のものさし
声道の形が音をどう色づけたか。
この3本の枝を持って歩けば迷子にならないピヨ!
5つのベルトを歌い分けられる人なんている? スタジオに5人集めたの?
ここが大事なところピヨ。被験者はたった1人——共著者の L.P.(Lisa Popeil)先生ピヨ。ボイスコーチであり、プロのシンガーピヨ。
“The single subject of the study was coauthor L.P., who is a voice coach and professional singer. She performed examples of five substyles of belt commonly heard in musical theater: heavy, brassy, ringy, nasal, and speechlike, and also classical voice production for comparison.”→ 唯一の被験者は共著者の L.P.。ミュージカルでよく聞く5つのベルト・サブスタイル(ヘビー、ブラッシー、リンギー、ネイザル、スピーチライク)と、比較のためのクラシック発声を歌ったピヨ。p.45 METHOD
1人だけというのは弱点でもあるけれど、同じ楽器(=同じ声)で6スタイルを比べられるという強みでもあるピヨ。論文自身も「被験者が自分自身の対照群になる」と書いているピヨ。
歌った曲は? まさか「ドレミの歌」?
ミュージカルの王道、『ジプシー』(1959/曲 Jule Styne・詞 Stephen Sondheim)の Everything’s Coming Up Roses の一節ピヨ。歌い方は3種類ピヨ。
これを6スタイルぶん、ストックホルム大学言語学科の無響室で録ったピヨ。
なんで /pae/ なの? パエリアが食べたかった?
ピヨピヨピヨヨヨヨ、おなかすいてるピヨ?😸 まじめな理由があるピヨ。/p/ で口を閉じている一瞬は、口の中と肺の中の圧がつながるピヨ。だからそのときの口の中の圧を測れば、声門下圧(声帯の下の息の圧)が推定できるピヨ。
“The oral pressure during the occlusion for the consonant /p/ was used as an estimate of subglottal pressure.”→ 子音 /p/ で口が閉じているあいだの口腔内圧を、声門下圧の推定値として使ったピヨ。p.45 METHOD
口の端にくわえた圧センサー、30 cm 先のマイク、それにエレクトログロトグラフ(EGG)——この3つを同時に録ったピヨ。EGG は声帯どうしの接触ぐあいを電気で見る装置ピヨ。
でもさ、本人が「これはリンギーです」って言っても、ほんとにリンギーに聞こえてるとは限らないよね?
ピヨ猫、そこに気づくとはえらいピヨ! 研究チームも同じ心配をしたピヨ。だから測定の前に、そのスタイルの指導をしているプロの先生8人に音源を聞かせて、分類してもらったピヨ。同じ刺激を2回ずつ、ランダムな順で、全部で460秒ぶんピヨ。
しかも各サブスタイルのお手本(アンカー)も用意したピヨ。ヘビーは Lisa Kirk、ブラッシーは Ethel Merman、リンギーは Debbie Gravitte、ネイザルは Patti LuPone、スピーチライクは Idina Menzel、クラシックは Beverly Sills ピヨ。名前だけでも音が想像できるラインナップピヨ。
“Summarizing, the listening test showed that most of the stimuli were rather easy to classify and that in most cases, the classifications made by the expert listeners were in agreement with those of the singer.”→ まとめると、聞き取りテストでは大半の刺激は分類しやすく、たいていの場合、専門家の分類は歌い手の意図と一致していたピヨ。p.46 RESULT
「たいてい」ってことは、迷ったやつもあった?
あったピヨ。8人のうち1人(listener 8)は一貫性が低かったので除外、残り7人は61〜100%の一貫性だったピヨ。当てやすかったのはクラシック・スピーチライク・ヘビー、当てにくかったのはリンギー・ネイザル・ブラッシーピヨ。とくにディミヌエンドの4音だけを切り出した刺激では、リンギーは過半数が意図と違う分類になったピヨ。
つまり「歌の中では聞き分けられるけれど、単音になると輪郭がぼやける」サブスタイルがあるということピヨ。ここは数字を読むときの心の準備ピヨ。
いよいよ数字ニャ。まず息の圧はどうだったの?
いちばんわかりやすい結果が出たピヨ。ヘビーが最高圧、しかもばらつきも最大ピヨ。
“Heavy was produced with the highest pressures and also showed the greatest variation of pressure, as indicated by the high standard deviation in the song.”→ ヘビーはいちばん高い圧で歌われ、圧の変動もいちばん大きかった(歌の中での標準偏差が大きい)ピヨ。p.47 Voice source properties
左のグラフが声門下圧、右が音の大きさ(Leq)ピヨ。ヘビーが両方で頭ひとつ抜けているのが見えるピヨ。
ベルトってやっぱり「力技」なんだ。じゃあクラシックは?
クラシックがいちばん低い側ピヨ。おもしろいのは、リンギーとブラッシーは圧が互いに近く、しかもリンギーはクラシックにかなり近いことピヨ。「ベルト=全部が高圧」ではないピヨ。
論文はこの高い圧の理由を、ベルトがモーダル・レジスター(実声)で出されることに結びつけているピヨ。声帯が厚いまま鳴るので、それを動かすには高い駆動圧が要る、という理屈ピヨ。
音源のものさしが4つもあったよね。MFDR とか NAQ とか、正直こわい。
だいじょうぶピヨ、意味だけ押さえれば読めるピヨ。逆フィルタで「声門を通る空気の流れの波」を取り出して、そこから4つの数字を出したピヨ。
結果はきれいに両極が出たピヨ。
“Heavy produced extreme values both in Psub and the various glottogram parameters; MFDR and Qclosed were high, whereas H1-H2 and NAQ were low. Classical assumed the opposite extreme…”→ ヘビーは声門下圧でもグロトグラム各指標でも極端な値を示し、MFDR と閉鎖商が高く、H1-H2 と NAQ が低かったピヨ。クラシックはその正反対の極だったピヨ。p.47 Voice source properties
数字にすると、どのくらい違うの?
閉鎖商がわかりやすいピヨ。
“…Qclosed, which was close to 0.5 in heavy and brassy and no more than 0.25 in classical. Ringy showed an intermediate Qclosed average of about 0.3.”→ 閉鎖商はヘビーとブラッシーで 0.5 近く、クラシックでは 0.25 以下。リンギーはその中間で平均 0.3 くらいだったピヨ。p.49 DISCUSSION
1周期の半分閉じているか、4分の1しか閉じていないか——同じ人の同じ声帯で、これだけ違う使い方をしているピヨ。クラシックの低い値はレジスターの効果かもしれない、と論文は書いているピヨ(この音域では、クラシックの女声は純粋なモーダル・レジスターをあまり使わない)。
ほかにも、スピーチライクは圧が中くらい・MFDR と H1-H2 と NAQ が低め・閉鎖商が高めで、NAQ 以外はブラッシーの近くにいたピヨ。パルス振幅(流れの山の高さ)だけは、スタイル間ではっきりした差が出なかったピヨ。
耳で聞いた「色の違い」は、グラフに出るの?
出るピヨ。曲の一節を平均したLTAS(長時間平均スペクトル)を見るピヨ。ここではネイザルも登場するピヨ(逆フィルタは無理でも、スペクトルなら見られるピヨ)。
読みどころを並べるピヨ。
“Classical stands out because of low levels between 500 and 3000 Hz, a marked peak at 1600 Hz and a comparatively high level between 3000 and 4000 Hz. Also nasal shows a peak near 1600 Hz. All other substyles show a marked minimum at 2500 Hz.”→ クラシックは 500〜3000 Hz が低く、1600 Hz にはっきりした山、3000〜4000 Hz は比較的高い、という点で際立っていたピヨ。ネイザルも 1600 Hz 付近に山を見せたピヨ。他のサブスタイルはみな 2500 Hz にはっきりした谷があったピヨ。p.48 Voice source properties
それから低い方もおもしろいピヨ。クラシックは 350 Hz 付近が最大——これは曲の平均 f₀(345 Hz)そのもの、つまり基音が強いということピヨ。ほかのスタイルは 750 Hz 付近、つまり平均 f₀ の2倍=第2倍音が強かったピヨ。ヘビー・リンギー・ブラッシーは 1000〜1700 Hz が高く、LTAS 全体で最も高いレベルになったピヨ。
ただし論文は正直に釘を刺しているピヨ:この例は約10秒しかなく、音域も(短い1音を除けば)短3度しかない、と。一節ぶんの平均だということは忘れないでピヨ。
ベルトといえば「F1 を第2倍音に合わせる」って聞いたことある! それは出た?
よく知ってるピヨ! それは Schutte と Miller のベルト定義に出てくる話ピヨ——「喉頭を上げて、開いた(F1 の高い)母音でF1 を第2倍音に合わせる必要がある音域、女声でおよそ G4–D5」という言い方ピヨ。Bourne と Garnier も「chesty belt では R1(=F1)が 2f₀ にチューニングされていた」と報告しているピヨ。
ところがこの研究では、その傾向は見えなかったピヨ。
“As shown in Figure 7, there was no tendency for F1 to be close to the second spectrum partial.”→ 図7 のとおり、F1 が第2倍音に近づくという傾向は見られなかったピヨ。p.49 DISCUSSION
F1 が第2倍音に近かったのは、たった2か所——great の母音(f₀ ≈ 343 Hz)と the の母音(f₀ ≈ 332 Hz)だけピヨ。むしろ gonn(a) では F1 が第3倍音のすぐそばにいたピヨ。
この食い違いは、そのまま Bourne & Garnier のピヨ版と読み比べると面白いピヨ。あちらは6人の歌手で「C5 まで系統的に R1 を 2f₀ に合わせていた」と報告しているピヨ——測り方も音域も違う2本を並べて考えるところが勉強どころピヨ。
じゃあフォルマントは何も語らなかったの? 働けニャ。
ちゃんと1つ語ったピヨ。ベルト全体 vs クラシックの線引きピヨ。
“We found no striking formant frequency differences between the styles except that classical had a consistently lower F1 in all vowels analyzed.”→ スタイル間で目立ったフォルマント差は見つからなかったピヨ。ただしクラシックだけは、分析したすべての母音で F1 が一貫して低かったピヨ。p.49 DISCUSSION
そして「ベルトの F1 が高い」ことの意味を、論文はこう説明しているピヨ。
“The higher F1 values in the belting substyles would reflect articulatory characteristics, such as a wider jaw opening, a narrower pharynx, and/or spread lips.”→ ベルティングのサブスタイルで F1 が高いのは、顎をより広く開ける・咽頭をより狭める・唇を横に引くといった調音の特徴を映しているのだろうピヨ。p.48 Voice source properties
つまりフォルマントは「ベルトかクラシックか」は教えてくれるけれど、「どのベルトか」は教えてくれなかったピヨ。
ここまでを一息でまとめて!
いくピヨ。
指導のことばに直すなら、「ベルトの色を変えるのは口の形より息の圧と声帯の閉じ方」——ただしこの1人・この音域・この一節では、という但し書きつきピヨ。
その但し書き、どのくらい重い?
けっこう重いピヨ。論文が自分から最初に言っているくらいピヨ。
“Our investigation has focused on one single subject, which calls into question the general validity of the findings.”→ 今回の研究は1人の被験者に絞ったので、結果がどこまで一般に当てはまるかには疑問が残るピヨ。p.49 DISCUSSION
もうひとつ、f₀ の範囲が短3度しかなかったことピヨ。音源を決める3つのつまみは「声門下圧・f₀・声門閉鎖」だけれど、今回は f₀ がほとんど動かなかったので、重要な要因として見えてこなかっただけかもしれないピヨ。だから著者たちは、次はこの3つを軸にした3次元グラフで声の使い方を描くのはどうか、と提案して締めているピヨ。
ちなみに、この論文が推測した「ベルトは顎を広く開け、咽頭を狭める」という調音像は、のちに Rudisch ほか(2025)のリアルタイムMRIが実際の画像で検証しているピヨ。顎の開きは当たり、咽頭のほうは逆の結果——という続きがあるピヨ。
最後に3問だけ確かめるピヨ! 答えはこのページの中にあるピヨ。
Q1. この研究で、5つのベルト・サブスタイルどうしを主に分けていたのは「音源」と「共鳴」のどちら?
Q2. 声門下圧はどうやって測った?
Q3. クラシックだけが他と違っていた共鳴の指標は何?
ふむふむ…考えたニャ。答え合わせ!
A1. 音源。フォルマント(共鳴)はサブスタイル間で不規則にしか違わず、閉鎖商・NAQ・H1-H2・MFDR・声門下圧といった音源の指標がスタイルを分けた(シーン0・5・8)。
A2. /p/ で口を閉じている瞬間の口の中の圧を、口の端にくわえた圧センサーで測り、それを声門下圧の推定値とした(シーン2)。
A3. 第1フォルマント(F1)。分析したすべての母音で、クラシックだけ F1 が一貫して低かった(シーン7)。
全部言えたら立派ピヨ! この調子でいこうピヨ!
Johan Sundberg, Margareta Thalén, Lisa Popeil, “Substyles of Belting: Phonatory and Resonatory Characteristics,” Journal of Voice, Vol. 26, No. 1, pp. 44–50 (2012). doi:10.1016/j.jvoice.2010.10.007 / 初出発表:Annual Symposium, Care of the Professional Voice, Philadelphia, June 2009. 所属:KTH 王立工科大学 音声・音楽・聴覚学科(スウェーデン)ほか。
本ページで言及した先行研究(原論文の参照文献より):Popeil L. “Multiplicity of belting.” J Sing. 2007;64:77–80/Schutte HK, Miller DG. J Voice. 1988;7:142–150/Bourne T, Garnier M. Proceedings of the International Symposium on Music Acoustics, 2010/Lebowitz A, Baken R. J Voice. 2011;25:159–165/Henrich N, d’Alessandro C, Doval B, Castellengo M. J Acoust Soc Am. 2004;115:1321–1332.