ピヨ鳥とピヨ猫の声楽ゼミ
原論文:Tracy Bourne, Maëva Garnier “Physiological and acoustic characteristics of the female music theater voice” (2012)
ミュージカルの人が「レジット」「ベルト」「ミックス」って言うの、聞いたことある。あれって定義あるの?
そこがこの論文の出発点ピヨ。現場では当たり前に使われている言葉なのに、生理学的・音響的にはまだきちんと定義されていない——だから測ろう、という研究ピヨ。オーストラリアの女性ミュージカル歌手6人(プロ4人+上級生2人)に、legit(レジット)・chesty belt(チェスティ・ベルト)・twangy belt(トゥワンギー・ベルト)を歌ってもらい、3人にはさらに mix(ミックス) も歌ってもらったピヨ。
いちばんの発見はこれピヨ。
“In chesty belt and twangy belt, singers systematically tuned the frequency of their first vocal tract resonance (R1) to the second harmonic (2f0) up to C5. R1 remained lower in frequency for the legit quality.”→ チェスティ・ベルトでもトゥワンギー・ベルトでも、歌い手は第1声道共鳴(R1)を第2倍音(2f₀)に、C5 まで系統的に合わせていたピヨ。legit では R1 はもっと低いままだったピヨ。p.1586 Abstract
つまりベルトは「気合いで張り上げる」だけじゃなくて、共鳴の狙い撃ちをしていたピヨ。
R1? F1じゃなくて? 新キャラ出てきたニャ。
だいじな区別ピヨ。この論文は言葉を使い分けているピヨ。
“We use the term ‘formants’ to refer to the usual estimation of vocal tract resonances from the radiated voice spectrum. We use the term ‘resonances’ to refer to direct measures of the vocal tract impedance.”→ 「フォルマント」は、放射された声のスペクトルから推定した声道共鳴のこと。「共鳴(レゾナンス)」は、声道インピーダンスを直接測った値のことピヨ。p.1592 注1
ふつうの研究は声の音からフォルマント(F1・F2)を推定するピヨ。この研究は声道そのものを外から鳴らして直接測ったので、R1・R2 と呼んでいるピヨ。だから精度の意味がちょっと違うピヨ。
登場する記号が多い予感。地図ちょうだい。
枝分かれのなかま分けピヨ。チップを押すと該当シーンに飛べるピヨ。
🎭 A. 4つの声質
歌い手が名前で歌い分けた対象。
📣 B. 声道側のものさし
声道インピーダンスを直接測って得た共鳴。
🫁 C. 声帯側と音のものさし
EGG とスペクトルから取った指標。
この3本で足りるピヨ。いこうピヨ!
声道の共鳴を「直接測る」って、どうやるの? のどにマイク入れるの?
入れないピヨ、安心してピヨ😸 歌っている口の外から音を送り込むピヨ。細いチューブを下唇にそっと当てて、スピーカーから広帯域の合成音を流し、その反応を隣のマイクで拾うピヨ。
“During phonation, the vocal tract was excited at the lips via the flexible tube (internal diameter of 6 mm), using a synthesized broadband signal consisting of a sum of sine waves over the range of 200–3000 Hz spaced at 11 Hz…”→ 発声中、内径6 mm のフレキシブルチューブを通して唇のところで声道を加振したピヨ。使ったのは 200〜3000 Hz を 11 Hz 刻みで並べた正弦波の合成音ピヨ。p.1588 II C
歌は4秒のロングトーンピヨ。最初の1秒でスペクトルと音圧、2〜4秒目で共鳴、4秒ぜんぶで EGG を測るという分担ピヨ。母音はオーストラリア英語の [e](head)と[ɔ](poor)の2つ、音高は各歌手の「ベルトと legit が重なる音域」から4つ、それぞれ5回ずつピヨ。
重なる音域って、人によって違うの?
違うピヨ。各歌手が「ここまでベルトできる」と申告した最高音から決めていて、4人が C5、S1 が D5、S6 が B4 ピヨ。だから比較する音域は歌手ごとに少しずつ違うピヨ。
それと、歌い方の指示はいっさい与えていないピヨ。「チェスティ・ベルトで」と言われて、その人がふだんやっている出し方をしてもらったピヨ。ここは大事なところピヨ——測ったのは現場の言葉が指している音ピヨ。
いよいよ本題ニャ。legit とベルトで、共鳴はどう違ったの?
まず legit ピヨ。ほとんど動かないピヨ。
“R1 frequencies of legit productions varied relatively little over the investigated pitch range nor did they increase with pitch. They were never tuned to one voice harmonic.”→ legit の R1 は、調べた音域のなかであまり変わらず、音が高くなっても上がらなかったピヨ。どの倍音にも同調していなかったピヨ。p.1589 III A 1
ところがチェスティ・ベルトでは、音が上がるにつれて R1 も上がり、第2倍音にぴったり寄り添うピヨ。
“In chesty belt, all the singers except S3 increased the frequency of R1 with pitch and closely adjusted it to the second voice harmonic (2f0) up to C5 in both [ɔ] and [e] vowels.”→ チェスティ・ベルトでは、S3 を除く全員が音高につれて R1 を上げ、[ɔ] と [e] の両方で C5 まで第2倍音(2f₀)にぴたりと合わせていたピヨ。p.1589 III A 1
差の大きさは平均で 187 ± 48 Hz(chesty belt − legit)ピヨ。図1 の点線が「R = n f₀」の線ピヨ——ベルトの列だけ、青い R1 がその 2f₀ の点線に沿って登っていくのが見えるピヨ。
じゃあ R2 は? そっちも合わせてるの?
合わせていないピヨ。R2 は倍音に同調していなかったピヨ([ɔ] で第3倍音に合わせた S4 が1人いただけ)。ただし高さは違ったピヨ——チェスティ・ベルトの R2 は legit より平均 205 ± 106 Hz 高かったピヨ。
そして論文は、R2 を合わせないことに意味を見ているピヨ。
“No significant tuning of R2 was observed in legit or in belt, enabling singers to maintain phonetic distinction between vowel categories although the systematic R1:2f0 tuning may cause a loss of the distinction in vowel height.”→ legit でもベルトでも R2 の同調は見られなかったピヨ。おかげで母音の区別は保てるピヨ——ただし R1:2f₀ を系統的に合わせるほうは、母音の「高さ」の区別を失わせるかもしれないピヨ。p.1592 IV A
R1 は音量のために差し出して、R2 で言葉を守る——そんな役割分担に見えるピヨ。
声帯のほうはどうなってたの? 共鳴だけの話じゃないよね。
EGG から出した OQ(開放商)がはっきり分かれたピヨ。開いている時間の割合ピヨ。
“OQ values were significantly lower in chesty belt than in legit (by −0.21 ± 0.04), without any difference between the vowels [e] and [ɔ].”→ OQ はチェスティ・ベルトのほうが legit より有意に低かったピヨ(差は −0.21 ± 0.04)。母音 [e] と [ɔ] のあいだに差はなかったピヨ。p.1590 III A 2
考察ではもっと踏み込んでいるピヨ。
“OQ values in belt were observed in a completely distinct range (0.43 ± 0.06) to values in legit (0.68 ± 0.08)… these two ranges correspond to typical OQ values in laryngeal mechanisms M1 and M2.”→ ベルトの OQ(0.43 ± 0.06)と legit の OQ(0.68 ± 0.08)はまったく別の範囲にあったピヨ。この2つの範囲は、喉頭メカニズム M1 と M2 の典型値に対応するピヨ。p.1591 IV A
M1 は胸声/モーダル、M2 は頭声/ファルセットの土台ピヨ。つまり legit とベルトは「同じ声の強弱」ではなく、声帯の振動様式そのものが違う可能性があるピヨ。ただし論文は慎重で、これが本当に M1/M2 の違いなのか、それとも音源フィルタ相互作用と声の努力度の差なのかは断定できないと書いているピヨ。
EGG の振幅は? ベルトのほうがガッチリ当たってそうだけど。
それが差が出なかったピヨ。legit とチェスティ・ベルトで EGG 振幅に有意差なしピヨ。Qcs(波形の非対称さ)はベルトで高くなる傾向はあったけれど、有意ではなかったピヨ。「有意差あり」と「傾向どまり」を分けて読むのがこの論文の作法ピヨ。
で、ベルトってやっぱりうるさ…大きいの?
はっきり大きいピヨ。
“For the six singers in this study, SPL was significantly higher in chesty belt than in legit (by 10.7 dB ± 4.3 dB) as were values of the α coefficient (by 4.4 ± 1.0 dB).”→ 6人の歌手で、音圧レベルはチェスティ・ベルトのほうが legit より有意に高く(差 10.7 ± 4.3 dB)、α係数も高かったピヨ(差 4.4 ± 1.0 dB)。p.1590 III A 3
α係数は「1 kHz より上と下のエネルギー比」ピヨ。これが高いということは、高い周波数側にエネルギーが増えた=明るく鋭い音になったということピヨ。考察では、唇のところで約120 dB、legit より 11 dB 大きかったと書かれていて、R1:2f₀ チューニングがその大音量を助けたはずだと述べているピヨ。
ベルトの中にも種類があるって話、よく聞くよね。この論文の答えは?
これがこの研究の4つの問いの1つピヨ。「ベルトは本質的にトゥワンギーなのか、それともトゥワンギー・ベルトはベルトの下位分類なのか」ピヨ。結果は——ほとんど同じだったピヨ。
トゥワンギー・ベルトも R1 を C5 まで 2f₀ に合わせ、R1 の平均値にも、声門の指標にも、音圧やスペクトルにも有意差なしピヨ。有意に違ったのは1つだけピヨ。
“Nevertheless, twangy belt differed from chesty belt by 66 ± 37 Hz higher R2 frequencies on average.”→ それでもトゥワンギー・ベルトはチェスティ・ベルトより、R2 が平均で 66 ± 37 Hz 高いという違いがあったピヨ。p.1590 III B
R2 が高いのは舌がより前寄りだからだろう、と論文は推測しているピヨ(確かめるには調音の測定が要る、とも書いてあるピヨ)。そして結論はきっぱりピヨ。
“…the small differences in vocal production between twangy and chesty belt qualities do not support the existence of subcategories of belt.”→ トゥワンギーとチェスティのあいだの小さな違いは、ベルトに下位分類が存在するという考えを支持しないピヨ。p.1592 IV B
じゃあ現場で言い分けてるのは気のせい?
そこまでは言っていないピヨ。論文の言い方は「歌い手はベルトのなかで、トゥワンを足したり、音の強さを変えたり、より前寄りの調音にしたりして、声質を少し変えられる」ピヨ。別モードではなく、同じモードの中の色合いという結論ピヨ。
いちばん謎の「ミックス」は? 中間ってこと?
値としては中間ピヨ。でも行き方が全員ちがったピヨ。
“For all three singers, glottal and vocal tract measurements in mix quality were indeed observed at values in between those measured for legit and chesty belt qualities. However, each singer adopted different strategies to achieve this outcome.”→ 3人とも、ミックスの声門・声道の測定値は legit とチェスティ・ベルトのあいだにあったピヨ。ただし、そこへ至るやり方は歌い手ごとに違ったピヨ。p.1592 IV C
「ミックスとはこういう発声だ」と1つに定義できなかった、というのが正直な結果ピヨ。3人だけなので示唆的な結果にとどまるとも書いてあるピヨ。
まとめて!
いくピヨ。
もうひとつ、教える人に効く仮説があるピヨ。歌い手の多くはベルトの最高音(だいたい C5 = 1000 Hz 付近)まで低い OQ を保つのだけれど、これは話し声で R1 が取りうる上限とほぼ同じピヨ。だから論文は「R1:2f₀ チューニングの終わりが、ベルトの上限を決めているのではないか」と問いかけているピヨ。F5 までベルトできる稀な歌い手は、R1 を 1 kHz より上へ伸ばす調音戦略を身につけたのかもしれない、とも書いているピヨ。
あれ? でも前に読んだベルトの論文では「F1 が第2倍音に寄る傾向はなかった」って書いてなかった?
よく覚えてたピヨ! 同じ2012年の Sundberg・Thalén・Popeil のサブスタイル研究ピヨ。あちらは「F1 が第2倍音に近づく傾向は見られなかった」と書いていて、こちらは「C5 まで系統的に合わせていた」ピヨ。正面からぶつかって見えるピヨ。
ただし、そのまま矛盾と決めつけないでピヨ。前提がいくつも違うピヨ——あちらは1人の歌い手で主に F4〜A♭4、こちらは6人で各自の重なり音域(F#4〜D5)。あちらは音の逆フィルタからフォルマントを推定、こちらは声道を外から鳴らして共鳴を直接測定。そして測っているサブスタイルの名前も違うピヨ。
おもしろいことに、Sundberg たちの論文はこの Bourne & Garnier の(学会発表版の)結果をちゃんと引用したうえで、「自分たちのデータではその傾向が出なかった」と書いているピヨ。同じ年に、同じ現象を、別の道具で見て、別の答えが出た——ここは3本目以降を読むときの争点になるピヨ。
その3本目が Rudisch ほか(2025)のリアルタイムMRIピヨ。音ではなく形を直接撮っていて、ベルトの声道は「メガホンではなくチューブ状」だったと報告しているピヨ(ただしピヨ鳥が読めたのは抄録だけピヨ)。
3問いくピヨ! 答えはこのページの中にあるピヨ。
Q1. ベルトの2つの声質に共通して観測された共鳴のふるまいは? legit ではどうだった?
Q2. チェスティ・ベルトとトゥワンギー・ベルトで、統計的に有意に違った指標はどれ?
Q3. この研究で「R1・R2」と「F1・F2」を呼び分けているのはなぜ?
考えたニャ。答え合わせ!
A1. R1 を第2倍音(2f₀)に C5 まで合わせること。legit では R1 は音高が上がっても上がらず、どの倍音にも同調しなかった(シーン3)。
A2. R2 の周波数だけ(トゥワンギーのほうが平均 66 ± 37 Hz 高い)。R1・声門指標・音圧・スペクトルには有意差が出なかった(シーン6)。
A3. 「フォルマント」は放射音のスペクトルから推定した共鳴、「共鳴(R1・R2)」は声道インピーダンスを直接測った値だから。この研究は後者を測っている(シーン0・2)。
ぜんぶ言えたら文句なしピヨ! この調子でいこうピヨ!
Tracy Bourne, Maëva Garnier, “Physiological and acoustic characteristics of the female music theater voice,” J. Acoust. Soc. Am. 131(2), 1586–1594 (February 2012). doi:10.1121/1.3675010 / 所属:University of Ballarat, Arts Academy(オーストラリア)、School of Physics, University of New South Wales ほか。本ページは HAL 公開版(hal-00670311)から引用ピヨ。
本ページで言及した先行研究(原論文の参照文献より):Schutte, H. K., & Miller, D. G. (1993)/Sundberg, J. et al. (1993)/Epps, J., Smith, J., & Wolfe, J. (1997). Meas. Sci. Technol. 8, 1112–1121/Joliveau, E. et al. (2004)/Henrich, N. et al. (2004, 2005)/Roubeau, B. et al. (2009)/Garnier, M. et al. (2010)/Titze, I., & Worley, A. (2009)/Popeil, L. (2007).