ピヨ鳥とピヨ猫の声楽ゼミ ・ 詳細対話版(大学生レベル)
原論文:Ingo R. Titze “Inertagrams for a Variety of Semi-Occluded Vocal Tracts” (2020)
まず全体像から。この論文は何を、どう調べて、何を主張したいの?
出発点は、SOVT(準閉鎖声道)が発声に及ぼす2つの効果ピヨ。①気道の受動的拡張と、②音響インピーダンスの変化ピヨ。①は誰にでも起きるけど、②は得な変化と損な変化の両方があるピヨ。
Some impedance changes related to airway expansions are beneficial to the sound source, while others are not. Therefore, selective muscular adjustments are likely to be needed during and after semi-occlusion to modify the general airway expansion with selective narrowing.→ 気道拡張に伴うインピーダンス変化には、音源に得なものと損なものがあるピヨ。だから半閉鎖の最中と後に、全体的な拡張を選択的な狭めで手直しする筋活動が要りそうピヨ。p.2589
そこで目的は、半閉鎖で起こりそうな気道の形の音響特性を、系統的にイナータンスとして計算することピヨ。特に「音源フィルタ相互作用に得な配置」を探すピヨ。
The purpose of this article is to systematically explore vocal tract inertance as calculated from airway configurations likely to occur with an oral semi-occlusion.→ 本稿の目的は、口の半閉鎖で起こりそうな気道配置から計算した声道イナータンスを系統的に探ることピヨ。p.2590
「広げてから狭める」って矛盾して聞こえる。なぜその順番なの?
解剖の事情ピヨ。咽頭・喉頭の筋肉は防御のため(嚥下・咳)に狭めるのは得意でも、広げるのは苦手ピヨ。だから力で広げるより、まずSOVTで受動的に広げておくのが合理的ピヨ。
Given that the actions of most muscles in the pharyngeal and laryngeal region tend to constrict the airway for protection … it may be easier to reduce spaces than to widen spaces with muscle activation. Hence, after general passive expansion with the SOVT, some selective airway narrowing can be used to benefit vocalization acoustically.→ 咽頭・喉頭の筋は防御のため気道を狭める傾向があるので、筋活動で広げるより狭めるほうが容易ピヨ。ゆえにSOVTで全体を受動的に広げた後、選択的な狭めで音響的に得をさせられるピヨ。p.2589
圧の話は先行研究で詳しく測られていて、たとえば3mm径ストローで0.1〜0.2Lの気流のとき1〜2kPaの圧が出るピヨ(Smith & Titze 2017)。この論文はそこから先の「音響(イナータンス)」に踏み込むピヨ。
音響インピーダンスって、電気のインピーダンスみたいなもの?定義から知りたい。
そのアナロジーで合ってるピヨ。音響インピーダンス Z は「加えた音圧 ÷ 生じた音の流れ」の比で、周波数ごとに1つの複素数になるピヨ。実部 R(抵抗)と虚部 X(リアクタンス)に分かれるピヨ。
The real part R is known as the “acoustic resistance” of the airway, and the imaginary part X is known as the “acoustic reactance” of the airway. … A nonzero reactance X guarantees that there is a phase difference between the pressure and flow.→ 実部 R は気道の「音響抵抗」、虚部 X は「音響リアクタンス」ピヨ。X がゼロでない=圧と流れの間に位相差があるということピヨ。p.2590
R はエネルギー損失を表し普通は正ピヨ。X は正にも負にもなって、ここが肝ピヨ:
「inertia=遅れ、compliance=先取りの応答」という物理の言葉づかいそのものピヨ。
リアクタンスとイナータンスの関係は?あと、なぜ「遅れ」が声にとって得なの?
正のリアクタンスは、イナータンス I を使ってこう書けるピヨ:
f は周波数ピヨ。この I(イナータンス)を周波数の範囲でプロットしたのがイナータグラムピヨ。
A plot of the inertance over a range of frequencies is here labeled as “inertagram.”→ イナータンスを周波数の範囲にわたってプロットしたものを、ここでは「イナータグラム」と呼ぶピヨ。p.2590
なぜ「遅れ」が得か——流れが圧に遅れると、気流パルスが片側に歪む(skewing)ピヨ。歪みが大きいほど最大流量減少率(MFDR)が大きく、これは音の強さの強い指標ピヨ。おまけに高次倍音の励起が増え、発声閾値圧(PTP)も下がるピヨ。
A further benefit of airflow skewing is more excitation of higher harmonics in the sound source. Finally, vocal tract inertance can also lower the PTP … making it easier for the vocal folds to be set into vibration.→ 気流の歪みのさらなる利点は、音源での高次倍音の励起が増えることピヨ。加えて声道イナータンスはPTPを下げ、声帯を振動させ始めるのを楽にするピヨ。p.2591
ここまで声門“上”の話だったけど、声門“下”(気管側)はどう扱うの?同じく正リアクタンスがいいの?
逆ピヨ。声門下は負(コンプライアンス)リアクタンスのほうが得ピヨ。理由は、圧と流れの比をとる向きが声門下では逆(180°位相が反対)だからピヨ。だから声門下のコンプライアンスは、声門上のイナータンスに足し算されるピヨ。
An airway below the sound source, which is the subglottal system in vocalization, should have negative (compliant) reactance to offer a benefit comparable to inertive reactance in the supraglottal system. … A subglottal compliance adds to a supraglottal inertance.→ 音源より下の気道(声門下系)は、声門上系の慣性リアクタンスに匹敵する利益を得るには、負(コンプライアンス)リアクタンスを持つべきピヨ。声門下のコンプライアンスは声門上のイナータンスに加算されるピヨ。p.2591
だからイナータグラムでは、声門下の寄与をゼロ線の下側に描いて区別するけど、両者は加算的ピヨ。図では約700Hzあたりの小さな“涙滴”がそれピヨ。
計算はどうやってるの?気道みたいな複雑な形を、どうモデル化するのニャ。
気道をたくさんの細い管(tubelet)に分割して、電気回路の伝送線路理論と同じABCD行列(2×2)で順につないでいくピヨ。声門上は端の放射インピーダンスから始めて44分割を伝えるピヨ。
This ratio is then transmitted through a series of 44 tubelets (transmission line sections) of given lengths and given diameters, with an ABCD (2 × 2 elements) matrix calculation according to standard transmission line theory. … All computations are in the form of complex numbers.→ この比(圧/流れ)を、与えた長さ・直径をもつ44個の細管に、標準的な伝送線路理論のABCD行列(2×2)で順に伝えるピヨ。計算はすべて複素数で行うピヨ。p.2591
声門下は、気管分岐部での圧/流れ比(反射係数0.8から導く)を36分割の気管で伝えるピヨ。負のリアクタンス X = −1/(2πf C) が出たら、それを等価なイナータンスに変換してゼロ線の下側に入れるピヨ(前のScene 4の“涙滴”)。
いよいよ結果。まずストローの太さ。図1で何が読み取れる?
図1は直径を6→4→2mmと細くしたものピヨ。効くのは主に低周波で、細いほど第1共鳴が下がるピヨ(6mmで220Hz→2mmで140Hz)。高周波(440〜4000Hz)はあまり変わらないピヨ。
イナータンスの大きさの目安は、音響的に短い管の式で近似できるピヨ:
ρは空気の密度、Lは管の長さ、Aは断面積ピヨ。気道を3区間に分ければ拡張形になるピヨ:
添字1=喉頭上部、2=声道、3=流体抵抗チューブピヨ。ただしこれは粗い見積もりピヨ——実際は周波数で大きく変動し、下流の区間ほど入力への寄与が小さいからピヨ。
As a general rule, the further downstream from the glottis a section is located, the less it adds to the total inertance at the input. Thus, the compartmentalization in Equation 3 yields at best a rough estimate.→ 一般則として、声門から下流にある区間ほど、入力の総イナータンスへの寄与は小さいピヨ。よって式3の区分けは、よくても粗い見積もりピヨ。p.2591
そして図1で最も注目すべきは200〜400Hzのゼロ・イナータンスの谷で、ここは女性の話し声・歌のfoがよく来る場所ピヨ。foがこの谷に入ると不安定になりうるけど、半閉鎖では声帯衝突が少ないのでfoの振幅は強く、全体スペクトルはむしろ均衡するピヨ。
長さを変えると、太さと同じ?違う?
ほぼ同じ働きピヨ。図2のとおり、長くすると第1共鳴が下がるけど、高周波の模様は保たれるピヨ。
As shown in Figure 2, a longer tube lowers the first resonance frequency of the combined system, but keeps the higher frequency inertance pattern intact.→ 図2のとおり、長い管は結合系の第1共鳴を下げるが、高周波のイナータンス模様はそのまま保つピヨ。p.2592
このF1の低下は、200〜400Hzのfoにとっては特に有利ではないピヨ。ここまでで「チューブの太さ・長さ=低周波担当」が確定ピヨ。
じゃあ高周波を担当するのは?チューブ以外のどこ?
声帯のすぐ上の喉頭上部(エピラリンクス:喉頭室・仮声帯・喉頭前庭)ピヨ。ここは収縮筋で局所的に狭められる、しかも母音の発音にほぼ影響しない数少ない場所ピヨ。図3は断面積を0.8→0.5→0.2cm²と狭めたものピヨ。
Unlike the effects of the flow-resistant tube geometry, the epilaryngeal airway geometry affects only the high-frequency region. The magnitude of the inertance is scaled upward in inverse proportion to the diameter, and the inertance gaps above the resonances are reduced.→ チューブの形とちがい、喉頭上部の形は高周波域だけに効くピヨ。イナータンスの大きさは直径に反比例して増大し、共鳴より上のイナータンスの谷が減るピヨ。p.2593
面白いのは、長さを1.6→3.2cmに伸ばしても、狭めるのとほぼ同じ効果だったことピヨ。式2(短管では I∝L/A)が予測するとおりで、面積を減らす=長さを増やすが等価に働くピヨ。
ここまでの「どのパラメータがどの帯域に効くか」を、原文の記述にそって表に整理するピヨ:
| いじる場所 | 効く周波数帯 | 主な効果 |
|---|---|---|
| チューブ直径(細く) | 低周波 | 第1共鳴が下がる |
| チューブ長さ(長く) | 低周波 | 第1共鳴が下がる/高周波の模様は不変 |
| 喉頭上部(狭く/長く) | 高周波 | イナータンス増大・共鳴上の谷が減る |
チューブの奥、つまり口の中の母音の形はどう効く?
図4は奥を /i/・/u/・/ɑ/ にしたものピヨ。狭窄の場所(前・中・後ろ)で効く帯域が変わるピヨ。
A wide oral cavity behind the semi-occlusion, shown at the bottom with the /ɑ/ configuration, has the effect of increasing the inertance in the midfrequency range, from 300 to 900 Hz. … a narrow oral cavity behind the tube and a wider pharynx, as in the /i/ vowel on top of the figure, has the effect of smoothing out the high-frequency region.→ 半閉鎖の奥の口腔が広い /ɑ/(最下段)は、中音域(300〜900Hz)のイナータンスを増やすピヨ。逆に口腔が狭く咽頭が広い /i/(最上段)は、高周波域をなめらかにする(第2共鳴の後のくぼみを消す)ピヨ。p.2594
臨床でいう「ほっぺをふくらませる(puffy cheek)」も、口腔を広げ咽頭を狭めて第1・第2倍音を強める工夫の一つピヨ。どちらの配置も利益はあるが、訓練したい声質で使い分けるものピヨ。
全部の効果を合わせて最適化すると、谷はどこまで消える?
図5がその最適化ピヨ。細い(2mm)ストロー+狭くて長い喉頭上部(0.2cm²・3.2cm)に、3母音を組み合わせたピヨ。/i/ 配置では250〜2500Hzまで、なめらかに単調増加するイナータンスが得られるピヨ。
Only a small region of zero inertance remains with these configurations, from 200 to about 300 Hz. For the /i/ and /u/ vowels, all harmonics above this small range can be enhanced with source–filter interaction without much spectral variability.→ これらの配置ではゼロ・イナータンスの谷は200〜約300Hzのわずかな範囲だけに残るピヨ。/i/ と /u/ では、その小さな範囲より上のすべての倍音を、スペクトルの乱れなく音源フィルタ相互作用で強められるピヨ。p.2594
一方 /ɑ/ 配置はピッチグライドで少し“こぶ(bumps)”が出て、音色がやや不均一に感じられうるピヨ。だから広帯域の均一さなら /i/・/u/ が優れるピヨ。
まとめると、著者の結論と、臨床で使える指針は?
結論は、音源と半閉鎖気道の相互作用の度合いはイナータグラムで定量できること、そして喉頭上部の狭め+伸長・咽頭の拡張・チューブ奥の口腔の狭めの組み合わせが総合ベスト、というものピヨ。
For clinical applications, it can be recommended (at least in theory) that the length of a tube or straw does not matter if the inner diameter is on the order of 3 mm or less. … For wider tubes, greater length can compensate for a wider diameter.→ 臨床応用として(少なくとも理論上)、内径が3mm程度以下なら管やストローの長さは問題にならないピヨ。太い管は長さで補える(直径と長さはイナータンス効果で反比例)ピヨ。p.2595
ただし大事な但し書きピヨ:太い管(6mm以上)だと、声帯の構えに必要な“定常圧”が保てないので、先端をさらにふさぐか水に沈める必要があるピヨ。長さは音響(イナータンス)を補えても、圧までは補えないピヨ。
理解度チェックピヨ。3問、答えを言ってから開いてピヨ!
Q1. チューブの直径・長さと、喉頭上部の形は、それぞれどの周波数帯のイナータンスに主に効くピヨ?
チューブの直径・長さは低周波(第1共鳴を下げる)、喉頭上部は高周波(イナータンス増大・谷を減らす)に効く(Scene 6–8, p.2591–2593)。💡 答えを見る
Q2. 声門下の気道が持つべきリアクタンスは正・負どちらで、それが声門上のイナータンスにどう働くピヨ?
負(コンプライアンス)リアクタンスが得。圧/流れの比の向きが声門下では逆(180°反対)なので、声門下のコンプライアンスは声門上のイナータンスに加算される(Scene 4, p.2591)。💡 答えを見る
Q3. 「内径3mm以下なら長さは問題にならない」——では太い管を使うとき、長さで補えるものと補えないものは何ピヨ?
長さで補えるのはイナータンス効果(直径と反比例)。補えないのは声帯の構えに要る定常圧——太い管(6mm以上)では圧が保てず、先端をさらにふさぐか水に沈める必要がある(Scene 11, p.2595)。💡 答えを見る
Ingo R. Titze, “Inertagrams for a Variety of Semi-Occluded Vocal Tracts,” Journal of Speech, Language, and Hearing Research, Vol. 63, 2589–2596 (August 2020). National Center for Voice and Speech / University of Utah. https://doi.org/10.1044/2020_JSLHR-20-00060