PRACTICAL VOCAL ACOUSTICS ・ 詳細対話版(大学生レベル)

第9章 ターンオーバーの知覚
― 2foがfR1を越えるとき、何が聴こえ、何が感じられるか ―

Practical Vocal Acoustics(実践的声楽音響学)/ Kenneth Bozeman 著

📖 出典:Kenneth Bozeman, Practical Vocal Acoustics: Pedagogic Applications for Teachers and Singers, 2nd ed.(NATS/Bloomsbury Academic, 2025)、Chapter 9 “Perceptions of Turning Over”
本ページは個人学習のための要約・整理・翻訳・引用ピヨ。引用は原文+出典の節を添えていますピヨ。
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この詳細版は、第9章の論理(受動的移行 → 体性感覚 → 声種差 → 能動的修正 → 録音の実例 → fR1:2fo以外)を原書に沿ってていねいに追うピヨ。知覚の記述は本来ゆらぐものだという原書の留保も含めて、専門語からは逃げずに進むピヨ。
ピヨ鳥
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声楽音響にくわしい先生。語尾は「〜ピヨ」。やさしく導くピヨ。
ピヨ猫
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学ぶ気まんまんの生徒。たまに大胆にボケる。
🧭 0. この章の射程 ― 「回る」のは何で、なぜ問うのか
ピヨ猫

第9章は、これまで物理・音響として説明してきたターニングオーバーを、いよいよ「聴こえ」と「感じ」の側から扱う章ニャ。まず定義を厳密に確認したい。ここで「回る」と言っているのは、具体的に何が何を越える事象なのニャ?

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そこを外すと全部ぶれるピヨ。ターンオーバーとは、上行に伴って第2倍音(2fo)が第一声道共鳴(fR1)を下から上へ通過する音響事象ピヨ。2foがfR1のにある状態がオープン音色(voce aperta)に出た状態がクローズ音色(voce chiusa)。章の冒頭は、まさにその瞬間の知覚を問いとして立てるピヨ:

“When a voice turns over—when 2fo rises through fR1—what does it sound like to the audience? And what does it sound and feel like to the singer?” → 声がターニングオーバーするとき――2foがfR1を通過して上昇するとき――聴衆にはどう聴こえ、歌手にはどう聴こえ、どう感じられるのか、ピヨ。 9章 冒頭

そして著者はこの問いが非高音声部(テノール・バリトン・バス)にとって特に切実だと言うピヨ。なぜなら彼らが高音域に入るには、G4の下のオクターブですべての母音がすでにターンを終えていなければならず、深い声ならD4の時点で済んでいることもあるからピヨ。高音声部(ソプラノ等)のロワー・パッサッジョにも並行する知覚はあるが、低い圧力ゆえに繊細ピヨ。

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気になるのは、この章の記述の身分ニャ。8章までは音響の理屈だったのに、急に「どう感じるか」を語り出す。これは測定された事実なの?それとも経験則なの?そこを混ぜると危ういと思うのニャ。

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その警戒は正しいピヨ。著者自身が先回りして身分を明かすピヨ。主観的・感覚的な知覚は個人差があるから、知覚の予測的記述は本質的にゆらぎ、画一的には書けないと認めるピヨ:

“since subjective, sensory perceptions are individual, predictive descriptions of perception are inherently variable and therefore cannot be inflexibly described.” → 主観的・感覚的知覚は個人ごとに異なるため、知覚の予測的記述は本質的に変動しやすく、したがって画一的には記述できないのだピヨ。 9章 冒頭

そのうえで以降の記述は、歴史的な教育的術語に基づく手続き的知識(procedural knowledge)・個人的経験・逸話・印象・学生の反応に依拠するもので、科学的方法論の厳密な検証は経ていない――ただし著者の経験では「典型的で確実に有用」だと位置づけるピヨ。だから本章は「測定された結論」ではなく「再現性の高い教育的記述」として読むのが正確ピヨ。

🎯 1. 受動的母音移行のルール ― ファミリー内で少し狭くなる
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うまく回ったときの音色変化は「比較的微妙(subtle)」だと書いてある。でも微妙とはいえ母音は確かに動く。その動きには方向の法則があるはずニャ。ランダムに動くわけではないでしょ?

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法則があるピヨ。よく実行されたターンの音色変化と受動的移行は目立つもの(subtle)ではないが、その移行には明確な方向があるピヨ。母音を前舌系列 [i ɪ e ɛ æ a] と後舌系列 [u o ʊ ɔ ɑ] に、狭い順から開いた順へ並べると、受動的移行は同じファミリー内で「より狭い隣」へ向かうピヨ:

“The more open, back, or rounded vowels move toward a closer neighbor: [ɔ] will migrate toward [ʊ]; [o] toward [ʊ] or [u].” → より開いた・後舌の・円唇の母音は、より狭い隣接母音の方向へ移る。[ɔ] は [ʊ] の方へ、[o] は [ʊ] か [u] の方へ移行するのだピヨ。 9章 §母音と音色の知覚

前舌の開母音はわずかに閉じ、同時にやや中性化するピヨ。[ɛ] は [œ] のニュアンスを帯びつつ [e] や [ɪ] の方へ「聴こえ」が移る――ただし唇の形は変えない。ここが次のシーンの核ピヨ。

🛠 2. 形状は変えない ― 維持すべきものと避けるべきもの
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ここが一番取り違えやすい所ニャ。母音が [ɔ]→[ʊ] の方向に「移る」のなら、歌手は素直に口を [ʊ] の形に近づければいいのでは? なぜ「形は変えるな」と言うのニャ? 一見矛盾しているのニャ。

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矛盾ではなく、まさに「受動的」の定義そのものピヨ。移行が真に受動的(=音響が勝手にそうなる)であるなら、歌手が母音移行の方向へ形を動かしてはいけないピヨ。形を動かした瞬間、それは受動ではなく能動的修正になって、過剰なカバーや母音崩壊を招くピヨ:

“Indeed, if these are truly passive migrations, no shape change in the direction of those vowel migrations should be made. The original vowel and vocal tract shape should be deliberately and expressively maintained through the turn.” → これらが真に受動的な移行であるなら、その移行方向への形状変化を行うべきではない。元の母音と声道形状を、ターンを通じて意図的かつ表情豊かに維持すべきなのだピヨ。 9章 §母音と音色の知覚

つまり音色は音響が回し、歌手は形を保つ。これが受動的移行の作法ピヨ。聴き手の耳には [ʊ] 寄りに聴こえても、歌手の声道は元の [ɔ] のまま――そのズレこそが「微妙さ」の正体ピヨ。

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「ただ保てばいい」だけでもない気がするニャ。形を固めると音色が鈍く(dull)なりそう。維持と表現のあいだで、何を能動的に調律して、何を崩してはいけないのニャ?

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そこに二層あるピヨ。安定させる層=喉頭咽頭部の深み(depth)(締め付けのない喉と落ち着いた喉頭)。表情豊かに調律する層=知覚的な「高さ(height)」と「リング(ring)」のための声道形状。後者を強調して、ターンにわたる過度な音色の鈍化を避けるピヨ。能動的な表現が、音の「天井」の体性感覚の高さ・幅・収束角度をチューニングし、受動的で弛緩した内側の垂れ下がりを防ぐピヨ。

逆に、学生が陥りやすいNGも著者は具体的に名指すピヨ――過度の口腔性(イェル反応)母音の強い修正(管の延長・能動的母音置換・母音形状の閉鎖)、形状を中性的な「匿名の母音」へ崩壊させること――これらはすべて避けるべきピヨ。うまく産出されれば、音色変化は筋肉的ではなく音響的に感じられ、音響的感覚の変化さえ重くなく微妙になるピヨ。「重い感覚=やりすぎのサイン」という診断基準として使えるピヨ。

🌀 3. 音の感覚 ― 「巻物」が前へ上へ、身体へ下へ
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「ターニングオーバー」という言葉そのものが体性感覚の記述だ、と書いてあるのが面白いニャ。比喩ではなく、用語が感覚をそのまま写しているという主張ニャ。具体的にどんな感覚を指しているのニャ?

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その通り、用語が感覚を名づけているピヨ:

“The very term “turning over” is descriptive of the acoustic sensation.” → 「ターニングオーバー」というまさにその用語が、音響的感覚の記述になっているのだピヨ。 9章 §音の感覚の知覚

感覚の中身はこうピヨ。音の感覚の頂上がアーチを描き、内面化し、丸みを帯び、傾いて口蓋の上を越え、頭部の前方へ転がり上がるピヨ:

“There is a sense of the top of the tonal sensation arching, internalizing, rounding, tipping or rolling up above the palate and into the head toward the front …” → 音の感覚の頂上が、アーチを描き、内面化し、丸みを帯び、傾いて口蓋の上を越え、頭部の前方へ向かって転がり上がる感覚があるのだピヨ。 9章 §音の感覚の知覚

オープン音色のように口からまっすぐ出るのではなく、「回って」頭部でより多く反響する感じピヨ。注意点として、この回転を促そうとして本能的に顎を引く姿勢(chin-tucking)をとるのは避けるピヨ。

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上に転がるだけなら、叫び(yell)の「上へ外へ届く」感覚と区別がつかなくなりそうニャ。ターンの感覚は、その反対方向の成分も持っているのでは?

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持っているピヨ。そこが核心ピヨ。同時に音の「下腹(underbelly)」が、リラックスした首を通って身体の中へ沈み、下へ・内へ巻き込まれる対抗感覚があるピヨ。この下向き成分が、叫びに典型的な「上へ外へ到達する」締め付けを打ち消すピヨ。合わせると、巻物(scroll)の両端が、前方へ上へ巻き上がりつつ、身体の中へ下へ巻き込まれるように感じられるピヨ。

さらに著者は方向の制約も付すピヨ――開いた喉の音の感覚の「後壁(back wall)」は、ターンを通じて前にも後ろにも動かさないピヨ。そして中咽頭(oropharynx)では、空洞化してあくびのようになるのではなく、より集中した感覚を持ち、前へ広がるのではなく収束・狭窄していくピヨ。「広げて開ける」ではなく「集めて狭める」のが、ターンの音の作法ピヨ。

🔒 4. 最も狭い母音 [i] [u] と「有益な狭窄」
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ここまでは「形は変えるな」だった。でも [i] と [u] だけは例外扱いされているニャ。なぜこの二つの最狭母音は、受動的移行に任せておけないのニャ?

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理由は「すでに閉じきっているから」ピヨ。[i] と [u] はバス記号の中央部、ロワー・パッサッジョのはるか下でとっくにクローズし終えているピヨ:

“Unless whoop timbre is desired, passive migration will not suffice for the two closest vowels, [i] and [u], which will have closed already in mid-bass clef, well below the lower passaggio.” → ウープ音色を望むのでない限り、最も狭い二つの母音 [i] と [u] には受動的移行では不十分である。これらはバス記号の中央部で、ロワー・パッサッジョのはるか下方ですでにクローズしているからだピヨ。 9章 §音の感覚の知覚

だから力強さ(virile な質)を保つには、非高音声部のゾーナ・ディ・パッサッジョを通じて能動的に開き、さらに上行するにつれて開き続ける必要があるピヨ。高音声部でも、ウープ音色を追跡するには、これらの狭母音をト音記号の早い段階から徐々に開いていくピヨ。「閉じきった母音は、放っておくと頭声的になりすぎる」から手を入れる、という例外ピヨ。

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母音を「開く」ときの順序も大事そうニャ。口を先に開けるのか、内側が先か。ここに直感に反する指示があった気がするニャ。

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あるピヨ。順序は「内側の垂直的な引き伸ばしが先導、顎は後追い」ピヨ。顎の開きは外・下へ届くのではなく、内・後・下へ落ち着く感じピヨ。そして直感に反する一手――口が開いていく間も、舌背は母音とピッチが許す限り高く保つピヨ。前方の収束(convergence)の相互作用的な音響フィードバックに必要な「有益な狭窄(beneficial narrowing)」を維持するためピヨ。

口を開けると舌も下げたくなるけれど、それをやると収束が崩れてフィードバックが切れるピヨ。だから「口は開くが舌背は高い」という一見ねじれた形を保つ――これがターンを支える狭窄ピヨ。

🎚 5. 声種と母音による差 ― 軽い声・重い声
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ターンの「見え方」は声種で大きく変わると書いてある。レッジェーロテノールとドラマティックテノールでは、同じ現象でも聴こえ方が違う。これは何が効いているのニャ?

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大づかみの傾向はこうピヨ:

“The lighter the voice type, usually the lighter the turn and modification will sound. The lower, heavier, or deeper the voice type, the more noticeable the turn will likely sound.” → 声種が軽いほど、通常ターンと修正の響きは軽くなる。声種が低く・重く・深いほど、ターンはより顕著に聴こえやすいのだピヨ。 9章 §声種と母音による知覚

レッジェーロテノールはかなり繊細な音色変化、バス・深いバリトン・ドラマティックテノールはより明瞭で劇的な変化ピヨ。母音でも差が出て、ターンは開いた後舌母音 [ɔ] [ɑ] でより明瞭ピヨ。高音声部はこのパッサッジョが低く、低い圧力レベルにあるので、効果は感知されるが繊細ピヨ。

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「重い声ほど目立つ」と言うと、ターンは避けがたい鈍化のように聞こえる。でも著者は「良いターンは過剰にカバーされない」とも言う。良し悪しを分けるのは何ニャ?

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分かれ目はリング成分(ring component)ピヨ。垂直的な「奥の部屋(back room)」の高い位置で、リングが自由に得られ感じられるほど、ターンは良好になり、結果の音は過度に「カバーされた(covered)」感じが減るピヨ。その源は二つ示唆されるピヨ――十分に強い歌手のフォルマント(singer's formant)か、ターンの上方での効果的な第二共鳴:より高い倍音の結合か。つまり「カバー=こもり」ではなく、リングを保ったままのカバーが理想ピヨ。

⚙️ 6. 能動的修正でターンを誇張する ― Gedda の「フック」
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ここまで「受動的に・なめらかに」が基調だった。でもこの節は逆に、ターンを意図的に誇張する手法を扱う。スケール的パッセージでは漸進的なターンが優美なはずなのに、なぜわざわざ誇張するのニャ?

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表現効果のためピヨ。非高音声部では、能動的母音修正でターンを誇張できるピヨ:

“the turn can be exaggerated, particularly in non-treble voices, by active vowel modification: choosing a more open timbre just below the turn, then creating a deliberate, heavier cover at the turn, especially if coordinated with a shift to F2 prominence on a higher harmonic.” → 特に非高音声部では、能動的母音修正によってターンを誇張できる。ターンの直下でより開いた音色を選び、ターン時に意図的でより重いカバーをかけるのだ――とりわけそれが、より高い倍音上でのF2卓越へのシフトと連動している場合に、ピヨ。 9章 §能動的修正と受動的修正の効果の違い

具体的には、まず音色を開いてターンを先延ばしし、次に母音形状を閉じる/声道を延長してF1を下げるピヨ。これがより劇的で意図的なターンを生むが――やりすぎなければ強い表現効果になる――特別な場面に限るべきで、常用はしないピヨ。

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その「誇張型ターン」が実際に聴ける録音があるニャ。テノールの Nicolai Gedda がラフマニノフ《ヴォカリーズ》でやっている、と。具体的にどこで何をしているのニャ?

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Gedda はこの録音で、オープンからクローズへの移行をなめらかにしない方を選ぶピヨ:

“In this recording Gedda tends not to smooth the transition from open to close. Instead, he often sings deliberately open timbres just below the turn, and then overtly “hooks” into the turn.” → この録音で Gedda は、オープンからクローズへの移行をなめらかにしない傾向がある。むしろしばしばターンの直下で意図的にオープンな音色で歌い、それから露骨にターンへ「フック(hooks)」するのだピヨ。 9章 §能動的修正と受動的修正の効果の違い

約3分地点で、GeddaはE4からF#4をかなりオープンからクローズへ歌い、直後にF#4をオープン音色で歌って、G#4へ移るときだけクローズするピヨ(図9.1)。熟練者は同一母音上でターニングのピッチを狭い範囲でずらす裁量を持つ――大きなダイナミクスのためにオープンで高いピッチへ遅らせるか、ダイナミクスを和らげるためにクローズで低いピッチへ早めるか、ピヨ。なお [ɑ] を通常より高いピッチでオープンに保つと「やや広がって露骨に」聴こえ、この録音のいくつかのオープンなF#4がまさにそうピヨ。それでも、最後の高いC#5へのメカニズム2への喉頭声区移行のなめらかさは比類なきものピヨ。

図9.1 ラフマニノフ ヴォカリーズ 抜粋 第26-29小節
図9.1 ラフマニノフ《ヴォカリーズ》Op.34 No.14 抜粋(第26〜29小節)
🐤 GeddaがE4→F#4をオープンからクローズへ歌い、直後のF#4をオープンに戻し、G#4でクローズする「フック」の箇所ピヨ。 出典:Kenneth Bozeman, Practical Vocal Acoustics, 図9.1. 原図を切り出して引用(改変なし)ピヨ。
🎭 7. より深い声のターン ― Van Dam の《カディッシュ》
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シーン5で「重く深い声ほどターンは明瞭」と言った。その典型例として José Van Dam の《カディッシュ》が挙がっている。なぜこの録音が「深い声の明瞭なターン」の好例なのニャ?

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豊かで深く美しい声では、母音の変化がはっきり聴き取れるからピヨ。曲の終盤近く、[ɑ] の長いメリスマで Van Dam の声が予測通りの位置でターンするピヨ:

“In the long melismatic passage on [ɑ] near the end of the piece, Van Dam’s voice turns over where expected.” → 曲の終盤近く、[ɑ] における長いメリスマ的パッセージで、Van Dam の声は予測される位置でターニングオーバーするのだピヨ。 9章 §より深い声におけるターンの知覚

母音の変化はこの声では「かなり顕著(rather notable)」だが、こうした声種には典型的ピヨ(図9.2、録音の約3:48)。シーン5の「重い声ほど目立つ」が、抽象論ではなく実音で裏づけられる例ピヨ。なお同じ録音のより前の部分には、後で扱うミニターンも潜んでいるピヨ。

図9.2 ラヴェル カディッシュ 抜粋 第46-53小節
図9.2 ラヴェル《カディッシュ》抜粋(第46〜53小節)
🐤 [ɑ] の長いメリスマが終盤で予測どおりターンする、深い声に典型的な明瞭な例ピヨ。 出典:Kenneth Bozeman, Practical Vocal Acoustics, 図9.2. 原図を切り出して引用(改変なし)ピヨ。
🚀 8. 跳躍でアプローチする ― Bjoerling/Beach
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ターンの「ドラマ」は、上行する音の作り方でも変わるニャ。なめらかな順次進行と、下からの跳躍とで、なぜ跳躍の方が興奮を生むのニャ? 音響としては同じターンのはずニャ。

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対照(contrast)が鋭くなるからピヨ。オープン→クローズの固有の色彩変化が、跳躍によってより鮮明な対比に置かれるピヨ:

“The turn of the voice can be especially exciting when approached by leap from below, since the inherent color change from open to close timbre is placed in sharper distinction by the leap, even when smoothly done.” → 声のターンは、下方からの跳躍でアプローチされるとき特に興奮をもたらす。オープンからクローズへの固有の色彩変化が、なめらかに行われても、跳躍によってより鮮明な対照に置かれるからだピヨ。 9章 §跳躍進行によるアプローチの効果

好例が Jussi Bjoerling の歌う Amy Beach《Ah, Love, but a day!》ピヨ(図9.3)。歌詞の1回目「Ah, Love, but a day」では、F4の"love"の [ʌ] もEb4の"day"の [ɛːi] もオープン音色。ところが2回目の提示では両母音がターンしてクローズする――"love"はAb4、"day"はG4ピヨ。さらに2回目の"day"はG4のクローズで始まり、長3度下のEb4へのポルタメントの間にオープンになるピヨ。同じ音域で「クローズ→オープン」が見える別例として、曲中ほどの"Look in my eyes"もあるピヨ。

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同じ母音が、ピッチを変えただけで開いたり閉じたりする――その対比が一枚で見えるわけニャ。これは Bjoerling が能動的に作った効果なの? それとも勝手にそうなる受動的なものニャ?

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著者は主として受動的だと判定するピヨ。これらの音色変化はなめらかに達成されているのに明瞭で、Bjoerling の美しい声の表現的な抑揚(inflection)の一部になっているピヨ。そしてその正体は――

“They are primarily passive acoustic events that result from his retaining a vowel shape across the pitch of turning for that vowel.” → これらは主として、その母音のターニングのピッチにわたって母音形状を保持することから生じる、受動的な音響的事象なのだピヨ。 9章 §跳躍進行によるアプローチの効果

つまりシーン2の原則――「形を保てば音響が回す」――が、名歌手の実演でそのまま起きているピヨ。能動的な誇張(Gedda)と受動的な保持(Bjoerling)が、好対照になっているピヨ。

図9.3 Beach Ah, Love, but a day! 抜粋 第2-9小節
図9.3 Amy Beach《Ah, Love, but a day!》Op.44 No.2 抜粋(第2〜9小節)
🐤 同じ歌詞の1回目(オープン)と2回目(ターンしてクローズ)を並べて比較できる箇所ピヨ。 出典:Kenneth Bozeman, Practical Vocal Acoustics, 図9.3. 原図を切り出して引用(改変なし)ピヨ。
🌑 9. 暗い音色とクレッシェンド機構 ― 《Ombra mai fù》
ピヨ猫

「暗い音色(darkened timbre)」という語が出てきた。これは単に「暗く歌う」という意味ニャ? それとも上行と結びついた特定の知覚を指すのニャ?

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後者ピヨ。上行中に深み(depth)を維持すると、歌手は音色をより垂直的で、やや暗く感じることがある――これが「暗い音色」ピヨ(カバーの用語解説 p.155参照)。Bjoerling のライブ《Ombra mai fù》の2番目の録音は、この意図的な暗い音色を示し、より深い声種のようにターンの効果を増幅して劇的な効果を生むピヨ(図9.5)。例えば1:52、"Ombra"のD4の [o] をクローズで始め、クレッシェンドで [ɔ] を介してオープンへ移るピヨ。

ピヨ猫

そこが理屈として大事ニャ。同じ音・同じ母音なのにクローズからオープンへ移るのなら、声道の形を変えていなくても起こりうる、ということニャ? 形を変えずに音色が変わる機構を説明してほしいニャ。

ピヨ鳥

その通りピヨ。形状変更(能動的修正)でも起こりうるが、クレッシェンドだけでも同じ移行が起きるピヨ:

“such a migration will also occur simply via crescendo, since an increase in intensity augments the strength of the higher harmonic that populates the second resonance with its brighter [~ɔ]-like timbre.” → このような移行はクレッシェンドだけでも生じる。強度の増加が、第二共鳴に位置するより高い倍音の強さを増幅し、そのより明るい [~ɔ] のような音色をもたらすからだピヨ。 9章 §暗い音色

つまり音源(声の強度)の変化だけでF2が卓越し、オープン寄りの知覚が立ち上がる――声道を一切いじらなくても、ピヨ。これがオープン/クローズが「形だけの話ではない」決定的な証拠ピヨ。続く2:18では上行する"cara ed amabile"の [ɑ] がE4・F#4のオープンからG4の劇的なクローズへ、2:45–52では [ɑ] をオープン(ミニターン)に保ちつつ [ɛ] をほぼ同じピッチでクローズ、と母音ごとの差も実演されるピヨ。

図9.5 同一音 同一母音でのクローズからオープンへの移行
図9.5 同一音・同一母音上でのクローズからオープンへの移行(《Ombra mai fù》冒頭)
🐤 D4の [o] をクローズで始め、クレッシェンドで [ɔ] を介しオープンへ移る――音源の変化だけで音色が回る例ピヨ。 出典:Kenneth Bozeman, Practical Vocal Acoustics, 図9.5. 原図を切り出して引用(改変なし)ピヨ。
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逆に、高いところで「クローズのまま」を貫くとどうなるニャ? クライマックスでそれをやると問題が出る場面があった気がするニャ。

ピヨ鳥

出るピヨ。歌唱ピッチがある母音のF1に近づくのにクローズ調音のままでいると、ウープ音色になってしまう――このクライマックスの瞬間には「ヘッディ(頭声的)」すぎるピヨ。だからG4の"più"では、クローズ音色のままでも口と顎を背の高い [ʊ] のそれへ開いて、より力強くするピヨ。逆に3:49のG3の"più"の [u] は、より大きな強度のために通常クローズな母音をオープンで歌う例ピヨ。「クローズ/オープン」は固定ではなく、ピッチ・強度・表現の要請で選び取るものだと分かるピヨ。

🔭 10. fR1:2fo 以外の開閉 ― ミニターンと London
ピヨ猫

ここまでのターンは全部 2fo と fR1 の交差だった。でも倍音はほかにもある。3fo や 4fo が fR1 を横切るときにも、何か聴こえる事象が起きるのニャ?

ピヨ鳥

起きるピヨ。主要ターンより下に、より低い音色の閉鎖と開放が複数あるピヨ:

“Lower timbral closings and openings, such as those that occur at the fR1:3fo and even fR1:4fo junctures, can often be clearly heard as well.” → fR1:3fo、さらに fR1:4fo の接合点で生じるような、より低い音色の閉鎖と開放も、しばしば明瞭に聴き取れるのだピヨ。 9章 §fR1:2fo以外の音色の開閉

これがミニターン(mini-turn)ピヨ。さきほどの Van Dam《カディッシュ》の録音の前半(約1分地点)で、[ɑ] のメリスマがF3からBb3へ上がるとき、fR1:3fo交差のミニターンがAb3で生じ、[ɑ] の主要ターンの約5度下にあるピヨ。声のターンは一段だけでなく、多層に起きているわけピヨ。

ピヨ猫

fR1:2fo・3fo・4fo の三層が一曲で全部聴ける例はあるニャ? それと、シーン4で出た「[i] [y] をクローズに保つ戦略」が実際に使われている場面も知りたいニャ。

ピヨ鳥

バス・バリトンの George London が歌うシューベルト《音楽に寄せて(An die Musik)》が、その三層の宝庫ピヨ。例えば0:14、"wieviel"のG#3からB2へのポルタメントは、狭母音 [i] の主要な fR1:2fo オープニングを示すピヨ。さらに0:56では"bessre"のB3の [ɛ] がミニターン(3foがfR1の上)、0:58では"Welt"のD#4の [ɛ] がクローズ(2foがfR1の上)――Londonの [ɛ] の主要ターンのピッチがC4だから、続くメリスマはそれぞれ3foと4foのオープニングを示すピヨ。

そして2:19、[i] と [y] をクローズ調音のまま維持する戦略が、ウープ音色に近い柔らかな頭声(head tone)を生むために使われるピヨ――シーン4・シーン9で見た「クローズのまま=ヘッディ」を、ここでは表現として積極的に利用しているわけピヨ。最後に著者は、これら音響的声区変換(acoustic registration)の事象を、Madde音声合成器で声種・母音ごとに近似再現できると添えるピヨ(適切なフォルマント設定を知っていれば、ピヨ)。理屈・実演・合成の三方向から同じ現象を確かめられる、という締めくくりピヨ。

この章の芯:ターンとは 2foがfR1を越える 音響事象で、聴き手には微妙な音色変化、歌手には「前へ上へ/身体へ下へ」巻く体性感覚として現れるピヨ。原則は「形は保ち、音響に回させる(受動)」。例外は最狭母音 [i] [u] と、表現のための能動的誇張。そして声のターンは fR1:2fo だけでなく 3fo・4fo の多層で起きているピヨ。