PRACTICAL VOCAL ACOUSTICS ・ 詳細対話版(大学生レベル)
Practical Vocal Acoustics(実践的声楽音響学)/ Kenneth Bozeman 著
この章はわざわざ「高声部(treble voice)」だけを切り出して論じている。まず確認したいのは、ボーズマンが高声部を別章で扱うのは単に音域が高いからなのか、それとも音響的に質の違う問題に直面するからなのか、という点ニャ。
後者ピヨ。冒頭の一文が章全体の前提を宣言しているピヨ――高声部は非高声部とは「異なる喉頭声区の問題」と「異なる共鳴:倍音の状況(resonance:harmonic circumstances)」に直面する、と。つまり程度の差ではなく地形そのものが違うという立て方ピヨ:
“Treble voices (altos, mezzos, countertenors, sopranos), whose ranges lie primarily in the treble clef, face different laryngeal registration issues and resonance:harmonic circumstances than non-treble voices.” → 高声部(アルト・メゾ・カウンターテナー・ソプラノ)は、その音域が主にト音記号内にあり、非高声部とは異なる喉頭声区の問題と共鳴:倍音の状況に直面するピヨ。 7章 §導入
この章は、その「違い」を①声区(振動メカニズム)、②倍音の少なさ、③声道の短さ、④第一共鳴追跡の早期化、という四つの構造的理由に分解して説明していくピヨ。順番に追っていこうピヨ。
第一の理由が「喉頭声区」だね。非高声部は基本的にメカニズム1(M1)に留まると聞く。高声部はどう違うニャ?声帯の使い方の話として、厳密に。
低声部は厚い声帯形状・大きな垂直位相差をもつ M1 にほぼ留まるピヨ。これに対し西洋クラシックの高声部は、中低声区で M1 から M2 へ移行するのが特徴ピヨ:
“treble voices in Western classical singing transition from mechanism one, involving TA muscle oscillation, into vibrational mechanism two, with its thin, stretched vocal fold shape, increasingly involving only vocal ligament vibration, in their lower-middle range.” → 西洋クラシック歌唱の高声部は、甲状披裂筋(TA)の振動を伴う M1 から、薄く引き伸ばされた声帯形状をもつ M2――声帯靱帯(vocal ligament)の振動だけがますます関与する――へと、中低声区で移行するピヨ。 7章 §導入
そして第3のメカニズムがホイッスル声区(M3)ピヨ。硬い声帯が通常は完全には閉じず、E6 より上では上皮(epithelial)振動が関与し(Titze 2025)、おおよそ C6 より上の極端な高音に使われるピヨ。だから高声部は M1/M2/M3 という三つの振動様式を渡り歩く声種なのだピヨ。
第二の理由が一番効きそうニャ。「倍音が半分しかない」。これはどういう意味で、なぜ共鳴戦略を根本から変えてしまうの?
音域が約1オクターブ高いと、同じ鍵盤音域(聴覚的に意味のある周波数帯)の中に入ってくる倍音の本数が半分になるピヨ。倍音は f₀ の整数倍に等間隔で並ぶから、f₀ が高いほど目盛りが粗くなり、共鳴に「使える倍音」が減るのだピヨ:
“since treble ranges are about an octave higher than non-treble ranges, treble voices have half as many harmonics within keyboard range available for resonation.” → 高声部の音域は非高声部より約1オクターブ高いため、高声部は鍵盤音域内で共鳴に利用できる倍音が半分しかないピヨ。 7章 §導入
使える倍音が少ないということは、「どの倍音に共鳴を当てるか」の自由度が小さいということピヨ。だから「とりあえず鳴る」では済まず、第一共鳴をちゃんと倍音に同調させる作業が非高声部よりずっと重要になるピヨ:
“tuning the first resonance to available harmonics is much more crucial for treble singers; the higher the pitch, the more relevant the principle.” → 利用可能な倍音に第一共鳴を同調させることは高声部の歌手にとってはるかに重要であり、ピッチが高いほどこの原理はより関連性をもつピヨ。 7章 §導入
第三の理由は声道の長さニャ。短いとフォルマントの数が減る、というのは直感に反する。長さと本数はどう結びつくの?
声道が短いほどフォルマント同士の間隔が広がるから、同じ鍵盤音域に収まる本数が減るのだピヨ。多くの女性歌手は男性より平均20%短く、音域内のフォルマントはしばしば3つだけになるピヨ:
“with vocal tracts that are on average 20 percent shorter than male sex vocal tracts, most female sex singers have fewer formants within keyboard range—often only three—from which to form their primary timbre.” → 平均して男性より20%短い声道をもつ多くの女性歌手は、鍵盤音域内のフォルマント数がより少なく――しばしばわずか3つ――それによって基本的な音色を形成するピヨ。 7章 §導入
とはいえ、その3つで母音フォルマント(第一共鳴・第二共鳴)と歌手のフォルマント(第三共鳴)という必要な基盤はカバーできるピヨ。ただし高くなると歌手のフォルマントの出番は減るピヨ:
“Once a singer is above ca. C5, the singer’s formant is of decreasing importance to overall resonance and projection, since the fundamental frequency becomes the dominant harmonic and is high enough in frequency to generate the necessary loudness level.” → 歌手がおよそ C5 より上にいるとき、基本周波数が支配的な倍音となり、必要な音量を生むのに十分高い周波数になるため、全体の共鳴・投射に対する歌手のフォルマントの重要性は低下するピヨ。 7章 §導入
つまり高声部の高音では、第三共鳴で「飛ばす」より、第一共鳴で基本周波数そのものを鳴らす戦いに主戦場が移るのだピヨ。
第四の理由が結論につながるんだね。第一フォルマントがト音記号に「接触している」から、高声部は早い段階で第一共鳴追跡に頼る、と。具体的に何が起きるニャ?
高声部は約 G4〜G5 という比較的早い段階で、母音を開いて第一共鳴(fR1)を歌唱ピッチに追従させる必要に迫られるピヨ。原理はシンプルで、ある母音の第一共鳴のピッチに達したら、それより上ではその母音を徐々に開いていくしかないピヨ。この第一共鳴追跡で得られる豊かで丸い音色がウープ音色(whoop timbre)ピヨ。だから――
“Western classical treble singing is therefore done in whoop mode a high percentage of the time.” → それゆえ西洋クラシックの高声部歌唱は、その時間の高い割合をウープ・モードで行うことになるピヨ。 7章 §導入
「高音はずっとウープで歌っている」というのが高声部の実態だ、という強い主張ピヨ。
でも全部の母音を [ɑ] 方向に開いていったら、母音の区別が消えるはずニャ。歌詞は聴き取れなくなるの?
その代償をボーズマンも認めているピヨ。能動的母音修正は、すべての母音がト音記号より上の [ɑ] のフォルマント同調に近づくにつれ、必然的に母音差を縮めるピヨ:
“This active vowel modification will necessarily reduce the differences between vowels as they all approach the formant tuning of an [ɑ] above the treble clef, medializing and to some extent neutralizing vowel timbre.” → この能動的母音修正は、すべての母音がト音記号より上の [ɑ] のフォルマント同調に近づくにつれ、必然的に母音間の差を減らし、母音音色を中間化し、ある程度中立化させるピヨ。 7章 §導入
ただし完全には消えないピヨ。十分なテキスト・子音の文脈と、歌い手の側に意図する母音の明確で持続的な概念があれば、驚くほど高い音域でもある程度の母音差異化と知覚的明瞭性は可能だ、とボーズマンは留保を付けるピヨ。音響だけでなく文脈と意図が明瞭性を支えるわけピヨ。
節が変わって「中声区の広母音の課題」ニャ。高声部は中低声区で [i] や [e] みたいな狭母音を好むと書いてある。その逆に [ɑ] が弱るのはなぜ?仕組みを正確に。
狭前舌母音 [i][e] は第一フォルマントがト音記号内の十分低い位置にあるから、その音域の基本周波数をうまく共鳴できるピヨ。ところが [ɑ] は逆ピヨ:
“The first formant of [ɑ], on the other hand, is at the top of the treble clef for sopranos, so that, once mechanism one is relinquished, an [ɑ] in the lower-middle voice may weaken significantly.” → 一方 [ɑ] の第一フォルマントはソプラノではト音記号の上端にあるため、いったん M1 を手放すと、中低声区の [ɑ] は著しく弱化しうるピヨ。 7章 §中声区における広母音の課題
F1 が高すぎて、その音域の f₀ をうまく拾えないのだピヨ。だから [ɑ] が「痩せる」のだピヨ。これを補強する戦略が並べられているピヨ:
「上部中声区」では、機能がうまくいったときソプラノがどう感じるかが描かれている。その感覚の言語化が面白い。正確に押さえたいニャ。
うまくいくと、横に広がった「口を使った」感覚ではなく、縦に高く・細い音響感覚――その「ドーム」が「目の奥にある」感じ――が報告されるピヨ:
“sopranos often report a taller, slenderer acoustic sensation of the tone, whose “dome” is “behind the eyes,” rather than the wider, shorter, lateral, “mouthy” sensation of a “spread” tone.” → ソプラノはしばしば、より高く・より細い音響感覚――その「ドーム」が「目の奥にある」――を報告し、「広がった」音の、より広く・短く・横向きの「口を使った」感覚とは対照的だと述べるピヨ。 7章 §上部中声区
具体的には、半前方化・挙上した舌背、適度に狭い収束的な母音姿勢、愉快さの情動、硬口蓋近くで前方に持ち上がるように感じる軟口蓋――これらが、本人は喉をほとんど意識しないのに十分に開いた喉を達成するピヨ。ここで重要な警告が出るピヨ:
“Kinesthesia for throat space is notoriously false.” → 喉の空間に対する体性感覚は、偽りであることで悪名高いピヨ。 7章 §上部中声区
つまり「喉が開いている感じ」と実際の喉頭状態は一致しないことが多いピヨ。だから感覚を真に受けず、外形ではなく内的戦略で開きを作るべきだ、という戒めピヨ。
唇を丸めない母音でも実際に唇を丸めさせる指導があるとも書いてある。それは推奨されているの?
条件つきピヨ。一部の教師は唇丸めで狭まりの感覚を助けると勧めるが、ボーズマンは内的戦略が十分なら母音の外見を偽る必要はないと釘を刺すピヨ。そして歌唱ピッチが母音の第一共鳴へ上昇するにつれ、母音の色はその温かく丸い第一フォルマントのスペクトル音色へ最大限に移行していくピヨ。高声部の歌手はしばしば、この音色的移行を許容するよう促される必要があるピヨ。これは1オクターブ下の非高声部が母音のターニング(カバー)へ入るときの母音移行と、かなり平行した知覚なのだピヨ。
母音を開いてウープ追跡を続けても、いつか限界が来るはずニャ。その先は何が起きるの?まず追跡の上限から。
母音開放で第一共鳴に 1fo を載せていけるのはおおよそ Bb5 までピヨ。そこから上は、追跡を続けるために喉頭をある程度挙上させる必要があるピヨ:
“Once a treble voice has tracked 1fo with the first resonance as high as possible through vowel opening (to ca. Bb5), they will need to raise their larynx to some degree for higher pitches to continue tracking the sung pitch.” → 高声部が母音開放によって第一共鳴で 1fo をできるだけ高く(約 Bb5 まで)追跡した後は、より高いピッチで歌唱ピッチの追跡を続けるために喉頭をある程度挙上させる必要があるピヨ。 7章 §ウープ音色とその先
第一共鳴をこれ以上上げられなくなると、音響声区はホイッスル声区(M3)へ移行するピヨ。そこでは第一・第二共鳴が十分近づけられ、基本周波数がその集合した帯域幅の間で共鳴されるか、あるいは第二共鳴が引き継ぐピヨ。
その「成層圏的」な超高音域では、母音はもう判別不能ニャ?それとも何か聴き分けられるの?
ここで Ian Howell のスペクトル音色研究が引かれるピヨ。彼の研究は、こうした成層圏的な共鳴同調でピッチごとに聴こえる異なる母音特性について、これまでで最も適切な説明を与えているピヨ。具体的には――
“They are typically perceived as bright variants of mid to open vowels [ɔ ɑ a æ], whose spectral tone colors reside in the frequency range of G5 to G6.” → それらは典型的には、スペクトル音色が G5〜G6 の周波数帯に存在する中〜広母音 [ɔ ɑ a æ] の明るい変種として知覚されるピヨ。 7章 §ウープ音色とその先
場合によっては、極端に高いピッチが第二共鳴によって共鳴されていることもあるピヨ。超高音は「無母音のノイズ」ではなく、ピッチごとに固有の明るい母音性をもつ、というのが知見ピヨ。
抽象論の後に実例が来るのが良いニャ。リチャード・シュトラウス「Beim Schlafengehen」のレオンティン・プライスの録音で、具体的に何が観察できるの?
第一共鳴が中間的な狭母音の基本周波数を追跡する好例がいくつもあるピヨ。原書ではスペクトログラフィ(図7.1〜7.4)で示されているピヨ。たとえば “sehnliches” のメリスマは狭母音 [e] での追跡(10:01)、“Kind” の [ɪ] も能動的に開かれ修正されている(10:22)ピヨ。ポイントはこれピヨ:
“Notice how the singer opens the vowel to keep the first resonance close to the pitch being sung.” → 歌手が母音を開いて、第一共鳴を歌唱ピッチの近くに保ち続けていることに注目せよ、ピヨ。 7章 §fR1:1fo 追跡の実例
いずれの場合も、母音の開放は、音質の豊かさと丸みのために基本周波数を第一共鳴の有効帯域幅内に保つのに十分なのだピヨ。これが理論で言ってきた「ウープ追跡」の生きた証拠ピヨ。
もっと劇的な開放の例もあると書いてあったね。そこは何が違うニャ?
より劇的なのは “Seele” の [e](12:08〜12:19)ピヨ。さらに 12:39〜12:52 では、“Flügen” と “schweben” の狭母音 [y] と [e] が、第一共鳴:基本周波数の一致を追跡するために大きく開かれているピヨ。狭母音ほど開放の幅を大きく取る必要がある、というのが見どころピヨ。文脈と歌詞があるから、これだけ開いても聴き手はちゃんと言葉として受け取れるのだピヨ。
注1が面白いニャ。ウープ追跡をあえて避ける選択肢があると。どういう音が得られて、何を失うの?
ウープ追跡は温かく豊かな音を生むけれど、それを避ける道もあるピヨ。狭い調音に留まり、1fo(歌唱ピッチ)を F1 より上に上昇させると、温かみの少ない浮遊した高音が得られるピヨ:
“If a soft, silvery, less warm high float is desired, the singer can stay in closer articulation, allowing 1fo (the pitch being sung) to rise above F1 (avoiding whoop tracking). However, if this is done at loud dynamic levels, the tone will be shrill.” → 柔らかく銀色の・温かみの少ないハイフロートが望まれるなら、歌手はより狭い調音に留まり、1fo を F1 より上へ上昇させること(ウープ追跡の回避)ができるピヨ。ただしこれを大きなダイナミクスで行うと、音は甲高く(shrill)なるピヨ。 7章 §注
注2も実用的ピヨ――F1 位置が高いすべての母音について、十分な内部空間と締め付けのない喉があるなら、高声部が中声区を通じて狭い調音位置に留まることが、収束性と共鳴のバランスを改善するピヨ。
章全体を一本の線にまとめると、どうなるニャ?
こうピヨ。高声部は (1) M1→M2→M3 を渡り歩き、(2) 倍音が半分・声道が短いという制約から、(3) 第一共鳴を倍音に同調させる作業が死活的になり、(4) G4〜G5 という早い段階から母音開放によるウープ追跡に頼る。(5) 中声区では広母音 [ɑ] が痩せるので閉鎖強化と収束的母音修正で補い、(6) 上部中声区では体性感覚を信じず内的戦略で開きを作り、(7) Bb5 を超えると喉頭挙上、さらにホイッスル声区へ移り、超高音はピッチごとの明るい母音性として聴こえる。(8) プライスの実演がその全部を裏づける――という流れピヨ。次章は高声・低声に共通する下部パッサッジョの訓練へ進むピヨ。いっしょに精読を続けようピヨ。