PRACTICAL VOCAL ACOUSTICS ・ 詳細対話版(大学生レベル)
Practical Vocal Acoustics(実践的声楽音響学)/ Kenneth Bozeman 著
第2章は「予備知識」と題されている。やさしい復習章だと身構えていたけれど、最後の方は急に「非線形」「ループする相互作用」と難しくなる。まず確認したいのは、この章が本書全体でどんな役割を担っているのか、という点ニャ。
鋭い入りだピヨ。第2章は「やさしい復習」ではなく、本書を読むための物理的な共通言語を敷設する章だと読むのが正確ピヨ。前半は音響学の最小語彙――音・単純音・雑音・楽音・倍音・基本周波数――を定義し、後半でそれらを使って本書の中心モデルを立ち上げるピヨ。
構成はきれいな二段ピヨ。①「音とは何か」から「楽音と倍音列」まで(音響学一般の基礎)→ ②「声の音響学」「相互作用性」(その基礎を声に適用し、非線形音源フィルタモデルを導入)。だから前半の定義は単なる前置きではなく、後半で「音源もフィルタ、フィルタも音源」という主張を支えるための布石ピヨ。そこを意識して読むと、終盤の難所が一気に通るピヨ。
最初の定義から確認したい。「音」を媒質の圧力変動と言うのは物理の定義として分かる。でもボーズマンはそこに「人間の知覚にとって」という限定を付けている。なぜわざわざ知覚の側の条件を定義に組み込むニャ?
そこが本書の立場の表れピヨ。物理的な圧力変動が存在するだけでは「音」として扱わない。それが人間の聴覚処理能力の範囲に収まることまでを条件にするピヨ:
"Sound to human perception is comprised of pressure variations of some sufficiently elastic medium, typically air; variations that are both abrupt enough and of enough intensity to fall within the processing capacity of the human sense of hearing, that is, from approximately 20 to 20,000 oscillations per second within sufficient intensity parameters." → 人間の知覚にとっての音は、十分に弾性のある媒質――通常は空気――の圧力変動から成るピヨ。その変動は、十分に急激で、かつ十分な強度を持ち、人間の聴覚の処理能力の範囲、すなわち十分な強度の範囲内で毎秒およそ20〜20,000回の振動に収まるものピヨ。 2章 §音
ポイントは三つの「十分(sufficiently / enough)」ピヨ。①媒質が十分に弾性(圧力を伝えられる)、②変動が十分に急激(周波数が低すぎない)、③十分な強度(小さすぎない)。この三条件のどれを外しても、物理的には波があっても「聴こえる音」にはならないピヨ。本書が一貫して放射されて耳に届く音を相手にしている表れピヨ。
次に「単純音」。単一周波数の正弦波と定義されているけれど、わざわざ「自然界ではめったに起きない」と但し書きを付けるのはなぜニャ?理想化された概念だと最初に釘を刺している気がする。
その読みが正確ピヨ。単純音は分析の基本単位ではあるが、現実の音そのものではないピヨ:
"If an oscillation of air pressure is simple and periodic (sinusoidal and regular), it comprises a single frequency. Such simple sounds rarely happen in nature but can be generated by a computer." → 空気圧の振動が単純かつ周期的(正弦波的かつ規則的)であれば、それは単一の周波数から成るピヨ。このような単純音は自然界ではめったに生じないが、コンピュータで生成できるピヨ。 2章 §単純音
大事なのは続く一文――ほとんどの音は複合的で、複数の加算的な周波数成分を含むということピヨ。つまり「単純音=理想の最小単位」「現実の音=複数の単純音の足し合わせ」という構図ピヨ。この「加算的(additive)」という発想が、次の楽音=倍音の集合という理解に直結するピヨ。
「雑音」の定義で核心はどこニャ?単に「うるさい音」ではなく、もっと構造的な定義をしているはず。
核心は「共通分母を持たない」こと、これに尽きるピヨ:
"Aperiodic (non-patterned, irregular) pressure waves are comprised of many frequencies that are out of sync with each other. Being non-periodic, there is no regularly repeated pattern of variation, no common denominator frequency, rather, a theoretically infinite sweep of frequency content, and often no clear sense of pitch." → 非周期的(パターンのない、不規則な)圧力波は、互いに同期していない多数の周波数から成るピヨ。非周期的であるため、規則的に繰り返される変動パターンも、共通分母となる周波数もなく、理論的には無限の範囲の周波数内容があり、多くの場合明確なピッチの感覚はないピヨ。 2章 §雑音
ここで「共通分母(common denominator)」という言葉に注目ピヨ。楽音がピッチを持つのは共通分母=基本周波数を持つから。雑音はそれを欠くから、繰り返しパターンが立たず、ピッチが立たないピヨ。つまりピッチの有無は「周期性の有無」に還元されるピヨ。
でもボーズマンは雑音にも「ピッチ感が付く場合がある」と続けている。ピッチがないはずの雑音に、どうやってピッチ感が生まれるニャ?ここは声の理解にとって重要そうだ。
まさにここが伏線ピヨ。鍵は共鳴器(resonator)ピヨ。すべての可聴周波数をほぼ等強度で含む雑音が「ホワイトノイズ」だが、それを共鳴器が成形すると周波数のピークが立ち、ピッチ感が宿るピヨ:
"A white noise input can be shaped sufficiently by a resonator to feature a frequency peak and thus impart a sense of pitch." → ホワイトノイズの入力は、共鳴器によって十分に成形されて周波数のピークを特徴づけ、それによってピッチの感覚を付与することができるピヨ。 2章 §雑音
身近な例としてボーズマンはノイズ由来の子音を挙げるピヨ。摩擦音 /s ç ʃ/ は、その調音(共鳴形状)に応じて「ピッチ」の知覚が高い方から低い方へ並ぶ――つまり同じ「雑音」でも共鳴の形が違えば違うピッチ感に聴こえるピヨ。この「共鳴器が雑音を成形してピークを作る」という発想こそ、scene7で出る「単一の声門パルスが声道に雑音応答を励起する」という話の原型ピヨ。ここで覚えておくと後が楽ピヨ。
「楽音」の定義を厳密に押さえたい。基本周波数・倍音・ピッチという三語が一気に出てくるけれど、これらの関係を取り違えないようにしたいニャ。
定義文を分解するのがいちばん確実ピヨ:
"Musical tones that have a clear pitch percept are sounds whose complex waveforms can be understood as being constructed from a set of frequencies, all of which are multiples of a lowest common denominator, called the fundamental frequency." → 明確なピッチ知覚を持つ楽音とは、その複合波形が、最低公分母の倍数であるすべての周波数の集合から構成されると理解できる音であり、その最低公分母が基本周波数と呼ばれるピヨ。 2章 §楽音
関係はこう整理できるピヨ――倍音(harmonic)=基本周波数の整数倍である各周波数成分、基本周波数(1fo)=その最低公分母、ピッチ=複合波の周波数(≒基本周波数)に対する私たちの知覚ピヨ。倍音たちは集合として、基本周波数の頻度で繰り返す圧力波形を作るピヨ。だから「倍音が揃う=周期が立つ=ピッチが立つ」という連鎖になるピヨ。
ピッチが「基本周波数」で決まるなら、音色は何で決まるニャ?同じ高さでも声によって響きが違うのは、何の違いなの?
音色を決めるのは各周波数成分の相対的な強さピヨ。ボーズマンはこう書くピヨ:
"the relative strength of all of the frequency components—the fundamental and the higher frequencies or harmonics that comprise the spectral content of a particular sound—determines the “color” or “quality” of that tone." → すべての周波数成分――基本周波数と、ある音のスペクトル内容を構成する高次の周波数すなわち倍音――の相対的な強さが、その音の「色」すなわち「質」を決定するピヨ。 2章 §楽音
つまりピッチ=周期(どの倍音が「ある」か)/音色=スペクトル(各倍音が「どれだけ強い」か)という役割分担ピヨ。さらにボーズマンは、その境界が完全には固くないとも注記するピヨ――高周波成分か低周波成分のどちらかが強いと、ピッチ感がわずかに上下(シャープ/フラット)し得る、と。スペクトルの偏りがピッチ知覚にまで滲み出る、という微妙さピヨ。
記法の話が出てくる。倍音をかつての H1, H2, H3 ではなく 1fo, 2fo, 3fo と書く、と。これは単なる表記の好みニャ?それとも意味があるの?
意味があるピヨ。これは音声科学の各分野で記法を統一しようとする合意の試みの一環ピヨ:
"harmonic frequencies, which were previously reported as H1, H2, H3, etc., are now designated as multiples of the fundamental oscillation; that is, as 1fo, 2fo, 3fo, etc." → 以前は H1, H2, H3 等と報告されていた倍音の周波数は、現在では基本振動の倍数として、すなわち 1fo, 2fo, 3fo 等と指定されるピヨ。 2章 §楽音
「fo」は fundamental oscillation(基本振動)ピヨ。3fo=基本周波数の3倍と読めるので、倍音と基本周波数の整数倍関係が記号にそのまま表れるピヨ。H3 だと「3番目の倍音」としか言えないが、3fo なら「foの3倍の周波数」だと一目で分かる――この明示性が乗り換えの理由ピヨ。本書はこの 1fo 記法で通すから、ここで馴染んでおくと以降の共鳴の章が読みやすいピヨ。
図2.1 は倍音列を五線譜で示している。注目すべきは音程間隔がだんだん狭くなることだね。周波数の間隔は等しいはずなのに、なぜ音程は縮むニャ?
鍵は「音楽的ピッチは周波数に対して対数的」という一点ピヨ:
"Since musically notated pitch is logarithmic in relation to frequency, the musical intervals between successive frequencies of the harmonic series decrease in size, starting with an octave, a perfect fifth, a perfect fourth, a major third, a minor third, etc., as shown in Figure 2.1." → 音楽的に記譜されたピッチは周波数に対して対数的であるため、倍音列の連続する周波数間の音程間隔は縮小していくピヨ――オクターブから始まり、完全5度、完全4度、長3度、短3度…と、図2.1に示されるとおりピヨ。 2章 §楽音
具体的に言うと、周波数比が音程を決めるピヨ。1fo→2fo は比 2:1=オクターブ、2fo→3fo は 3:2=完全5度、3fo→4fo は 4:3=完全4度…と、比の分子分母が大きくなるほど比は1に近づき、音程は狭くなるピヨ。周波数の差は一定(foずつ)でも、比が縮むから音程が縮む――ここが直感に反するポイントピヨ。声にとって重要なのは、高次ほど倍音が密に並ぶので、声道共鳴のピーク付近に複数の倍音が乗りやすくなること。これは後の音響的声区変換の話の土台ピヨ。
ここから「声の音響学」。声は少なくとも二つの方法でモデル化される、と切り出している。その二つを正確に区別したいニャ。
二つはこう対比されるピヨ:
"Voice acoustics are modeled in at least two ways: the non-linear source-filter model (steady state) which prioritizes the frequency domain, and the transient model which prioritizes the time domain." → 声の音響学は少なくとも二つの方法でモデル化されるピヨ――周波数領域を優先する非線形音源フィルタモデル(定常状態)と、時間領域を優先する過渡モデルピヨ。 2章 §声の音響学
軸は「周波数領域 vs 時間領域」ピヨ。音源フィルタモデルは「どの周波数がどれだけ強いか(スペクトル)」を、定常状態として描く。過渡モデルは「圧力が時々刻々どう変化するか」を、時間に沿って描くピヨ。
ボーズマンは両モデルとも「不完全で、その限りで不正確」と踏み込んでいる。なぜわざわざ自分が使うモデルを「不正確」と認めるニャ?普通は自分のモデルを売り込むものでは。
そこが誠実なところピヨ。両モデルは「有用だが必然的に不完全」と明言するピヨ。そのうえで、それぞれの具体的な弱点まで挙げるピヨ――音源フィルタモデルは、音源とフィルタが独立で時系列的であるかのように誤って暗示しがちで、両者の相互作用の即時性と複雑さを取り逃すピヨ。逆に過渡モデルは、倍音を強調しないせいで、倍音周波数と声道共鳴の音程的・相互作用的関係が音響的声区変換に対して持つ単純な予測力から注意をそらしてしまうピヨ。
だからボーズマンは両方の側面を取り入れつつ、主として非線形音源フィルタモデルを用いるという折衷を選ぶピヨ。重要なのは、第1章で予告された態度――モデルは道具であり、限界つきで使う――がここで具体化していることピヨ。「非線形」という形容詞は、まさに音源フィルタモデルの弱点(独立性の誤った暗示)を打ち消すために付いているピヨ。
「音源フィルタという用語は意味論的な難問だ」とまで言っている。素直に読めば、声帯が音源で声道がフィルタ、という分業のはず。何がそんなに「難問」なのニャ?
難問の核心は「フィルタ(声道)が、最初の声源音そのものの生成に参加してしまう」ことピヨ。ボーズマンの論証はこう進むピヨ――声門閉鎖は圧力の最も急激な変化を生み、声道の空気柱を励起する。ところが単一の声門パルスのスペクトル像は、歌われたピッチの倍音集合を作るのではなく、いまの声道形状の共鳴構造をマッピングする雑音を作るピヨ。scene3で見た「共鳴器が雑音を成形してピークを作る」が、まさにここで起きているピヨ。だから:
"In this way, the so-called filter (the vocal tract) participates in the creation of the initial voice source sound, a filter-shaped noise." → このように、いわゆるフィルタ(声道)が、初期の声源音――フィルタによって形成された雑音――の生成に参加するピヨ。 2章 §声の音響学
つまり「音源=声帯/フィルタ=声道」というきれいな分業が、最初の一撃の時点ですでに崩れているピヨ。声源音は声道の中で生まれるのだから、フィルタが声源づくりに手を出している――これが「意味論的難問」の正体ピヨ。
では、雑音から倍音の集合=ピッチのある声へはどう移るニャ?単一パルスは雑音だったのに、声には明確なピッチがある。何がその橋渡しをするの?
橋渡しは「周期的反復」ピヨ。声門インパルスが繰り返されることで、その周期と同期する周波数――基本反復周波数の整数倍――だけがフィルタリングされて残るピヨ。その周期性がピッチ知覚を生むピヨ。そして同期の頻度が、各倍音の強さを決めるピヨ:
"1fo is in sync every return oscillation and therefore is potentially strongly reinforced; 2fo every second return, so somewhat less strongly; 3fo every third return, 4fo every fourth return, etc., so that increasingly higher harmonics weaken in intensity at a decibel rate per octave in what is termed a spectral slope, tilt, or roll-off." → 1fo は毎回の戻り振動で同期するので潜在的に強く強化されるピヨ。2fo は2回ごと、3fo は3回ごと、4fo は4回ごと…と同期が減るので、高次倍音ほどオクターブあたりのデシベル率で弱くなる――これがスペクトル傾斜(spectral slope, tilt, roll-off)ピヨ。 2章 §声の音響学
これで「なぜ高い倍音ほど弱いか」が、神秘ではなく同期頻度として説明されるピヨ。1fo は毎回タイミングが合うから強い、3fo は3回に1回しか合わないから弱い――それだけのことピヨ。
でも待って。倍音の強さは同期頻度だけで決まるわけじゃないニャ?声道共鳴のピーク付近の倍音が強くなる、という話とどう両立するの?
核心を突いたピヨ。強さは二重に決まるピヨ。戻ってくる振動は、戻る前からすでに声道の伝達関数によって「形成」済みなのだピヨ――共鳴ピークに近い周波数は強く、共鳴間の「谷」にある周波数は弱く、と。だから最終的に残るのは、①同期頻度による傾斜と、②伝達関数による形成、その両方を通り抜けた倍音のサブセットピヨ:
"we get a subset of strengthened, radiated harmonics, so that only those frequencies that are both near vocal tract filter frequency peaks and are also harmonic with the glottic fundamental frequency oscillation survive to be represented in the radiated waveform." → こうして強化され放射される倍音のサブセットが得られるピヨ。すなわち、声道フィルタの周波数ピーク付近にあり、かつ声門基本周波数振動と倍音関係にある周波数のみが、放射される波形に生き残るピヨ。 2章 §声の音響学
「ピーク付近」かつ「倍音である」――この二つの条件を同時に満たす周波数だけが外に出てくるピヨ。声源(周期性)と声道(共鳴)が、別々ではなく掛け算で効いている証拠ピヨ。これが次の「相互作用性」の節の前置きになるピヨ。
節のタイトルが「相互作用性」。ボーズマンは「鶏が先か卵が先か」のたとえを持ち出している。これは単なる比喩の飾り?それとも論点そのものニャ?
論点そのものピヨ。このたとえは「どちらが先かを線形的に決めようとすること自体が間違い」だと言うためのものピヨ:
"The difficulty in modeling this process in linear time is akin to the age-old question of which comes first, the “chicken or the egg.” The accurate answer is: both." → このプロセスを線形的な時間でモデル化する困難は、「鶏が先か卵が先か」という古くからの問いに似ているピヨ。正確な答えは「両方」ピヨ。 2章 §相互作用性
声門の作用は声道内の空気柱の固有の反響特性を励起するから、音源は声道そのものの中で生まれる。この相互作用は本質的に同時的であって、線形でも時系列でもないピヨ。「まず音源、次にフィルタ」という順番付けが、そもそも現実に合っていないのだピヨ。
すると「音源」「フィルタ」という二分法自体が、便宜的なラベルにすぎない、ということになるニャ。この節の結論を一文で押さえたい。
結論はこの一文に凝縮されるピヨ:
"In sum, the source is also a filter and the filter is also a source—a rather completely non-linear, looping interactivity." → 要するに、音源もまたフィルタであり、フィルタもまた音源である――まさに完全に非線形的な、ループする相互作用性ピヨ。 2章 §相互作用性
ここで「非線形音源フィルタモデル」の「非線形」の意味が回収されるピヨ。線形なら「音源→フィルタ」と一方向に流れるが、実際は声源が共鳴を生み、共鳴が声源を形づくり…とループするピヨ。だからこのモデルは「非線形」かつ「ループする」と呼ばれるピヨ。scene6で挙げた音源フィルタモデルの弱点(独立性の誤った暗示)を、この一文が正面から打ち消しているピヨ。
音源とフィルタが分離できないなら、本書はそれをどう教えるつもりニャ?分けられないものを、どう順序立てて説明するの?
ボーズマンはここで方法論的な妥協を明言するピヨ。機能上は重複的に相互作用するが、「簡潔さのために(for simplicity's sake)」あえて分離して扱う、と。そしてその相互作用こそが本丸だと位置づけるピヨ――音域にわたる二要素間の相互作用の効果は「音響的声楽教授法の主要な関心事」だ、とピヨ。
具体的な道順は三段ピヨ:
つまり「分けられない」と言いつつ、教育上は声源 → フィルタ → 相互作用という順で分けて積み上げるピヨ。第2章は、その分割があくまで便宜であることを先に刻んでおく章なのだピヨ。第3章からいよいよ声帯そのものに入るピヨ。いっしょに精読を続けようピヨ。