PRACTICAL VOCAL ACOUSTICS ・ ピヨ版
Practical Vocal Acoustics(実践的声楽音響学)/ Kenneth Bozeman 著
ピヨ鳥せんせい、第13章は「意味論の違い」…用語のケンカの話ニャ?
ケンカというより「すれ違いの整理」ピヨ。声楽は感覚(手続き的知識)を言葉にするから、人によって用語の意味がズレるピヨ。要点はこの4つピヨ:
狙いは「同じ現象を音響の定義で一本化する」こと。言葉が揃えば、無駄な論争が減るんだピヨ!
そもそも、なんで声楽の用語ってこんなにバラバラなのニャ?
根っこは「手続き的知識(やり方の感覚)は主観的で、言葉にしにくい」からピヨ。「こう感じてやる」を言葉にすると、人によって表現がブレるピヨ。だから意味論的な相違は避けられないピヨ。でも原典はこう言うピヨ:
“the extent of disagreement may well be reduced by honest, open dialogue and a clearer definition of terms.” → 不一致の幅は、誠実で開かれた対話と、より明確な用語の定義によって、十分に減らせるピヨ。 p.115
この章はまさにそれをやるピヨ。揉める用語を一つずつ、音響の定義で整理するピヨ。
「カバー(cover)」って、声にカバーをかけて傷から守る…スマホケースみたいなものニャ?
ピヨピヨピヨヨヨヨ、スマホケースじゃないピヨ!「カバー」はvoce aperta → voce chiusa の主ターン(fR1:2fo交差)を指す歴史的な言葉ピヨ。でもこの語は「重い荷物(baggage)」を背負っていて、人によって意味が違うのが問題ピヨ。例えばパヴァロッティ:
一方、テノールのアルフレード・クラウスは「カバーは信じない」と言ったけど、彼の声も実際は予測位置でちゃんとターンしていたピヨ。つまり言葉は違っても、起きている音響現象は同じ――これがカバー論争の正体ピヨ。
同じ「カバー」でも、中身が違うってこと?
そうピヨ。ターン手前の3つの音響戦略(第6章の「ターン→ウープの戦略」と対応)が、それぞれ「カバー」と呼ばれうるピヨ:
“The first resonance/first formant location could be deliberately maintained, allowing the passive migration that occurs as 2fo slips above fR1 … This is what the term cover means in this text.” → 第1共鳴の位置を意図的に保ち、2foがfR1を越える際の受動的移行に任せる――これが本書での「カバー」の意味ピヨ。 p.117
ちなみに本書は、誤解を招く「カバー」より「ターンオーバー/声のターン」を好んで使うピヨ(カバーは「音をこもらせる」印象を与えがちだから)。
母音を「close」って書いたり「closed」って書いたり…どっちが正しいニャ?
どっちにも一理あるピヨ。closed(閉じた)は open の正確な反対だけど、close /kloʊs/(近い)は「近い」の意味で動詞にもなるピヨ。原典のたとえが秀逸ピヨ:
“a door is either open or closed. Once it is open, it can be more or less open, but it can’t be more or less closed.” → ドアは「開いている」か「閉じている」かのどちらかピヨ。いったん開けば「もっと/少し開いている」は言えるけど、「もっと/少し閉じている」とは言えないピヨ。 p.118
つまりclosed は“程度”を表せないピヨ。物理的には、舌の山が硬口蓋に近い=close母音。でも母音では舌と口蓋の間に必ず隙間があるから、文字どおり「閉じる(closed)」状態にはならないピヨ。国際音声学会(IPA)は close /kloʊs/ を使い、本書もそれに倣うピヨ(「もっと閉じめに」と程度を言えて便利だから)。
「オープン母音」と「オープン音色」って、同じ「オープン」だけど違うものニャ?ややこしいニャ!
すごく大事な区別ピヨ!2つの別物ピヨ:
だから逆説的なことが起きるピヨ:
“an open vowel can be sung in close timbre if the sung pitch is sufficiently high … An [a] is the most open vowel but will be in close timbre above ca. F4 in most voices … And [i] is the closest cardinal vowel but can be in open timbre below ca. E3 …” → 開母音でも、音が十分高ければクローズ音色で歌えるピヨ。[a] は最も開いた母音だけど、多くの声でF4以上ではクローズ音色(F5以上でウープ)。[i] は最も閉じた基本母音だけど、E3以下ではオープン音色になりうるピヨ。 p.119
「開母音をクローズ音色で歌う」――言葉だけ見ると矛盾だけど、“母音の種類”と“音色の状態”は別レイヤーだと分かれば納得ピヨ。これは第6章のFig6.4や第8章のFig8.2で予測できるピヨ。
「胸声・頭声」と「メカニズム1・2」って、どっちを使えばいいニャ?
最新(まだ主流ではない)の用語はメカニズムピヨ:
これらは宣言的知識(組織の生理)を指すピヨ。一方、胸/頭は手続き的知識(振動の体性感覚)由来ピヨ。本書は新用語を歓迎しつつ、旧用語も併用OKの立場ピヨ。理由は:①過去の文献は旧用語、②胸/頭は実在の体感由来で消えない、③程度を言える(「headier/chestier」)ピヨ。
程度なら新用語でも言えるニャ!「もっとメカニズム1」なら「ワンイヤー(1-ier)」、「もっと2」なら「ツーイヤー(2-ier)」でバッチリニャ!
ピヨピヨピヨヨヨヨ、まさに原典も同じツッコミをしてるピヨ:
“it is pedagogically useful to have terms that can be adapted to indicate degrees of a quality, such as ‘headier’ and ‘chestier.’ (One-ier and two-ier just don’t work.)” → 「headier(もっと頭声寄り)」「chestier(もっと胸声寄り)」のように程度を表せる語は教育的に便利ピヨ。(「ワンイヤー、ツーイヤー」じゃ、まるで使い物にならないピヨ。) p.121
ちなみに「胸/頭はジェンダーバイアスだ」という批判もあるけど、原典は「誰にでも頭と胸があり、どちらのレジスターも使える(赤ちゃんさえ両方使う)。言葉自体にバイアスはない」と反論しているピヨ。新旧どちらも消す必要はない、というのが結論ピヨ。
「ミックス」と「ファルセット」も、人によって意味が違うニャ?
違うピヨ。ミックス(mix)はTAとCTの協調の領域を指すけど、多くはメカニズム1の変種(TA優位だが厚みが少なく、声帯の縦面が“四角く”なって楽に出る)を指すピヨ。新しい筋肉が増えるわけではなく、独立した「ミックス・レジスター」は存在しないピヨ。でも、加圧発声に陥らずにM1のブザー感と確実な閉鎖を高音まで延ばす、音響的に大事な弁の振る舞いと音色の区別ではあるピヨ。
ファルセット(falsetto)は、ある人には息漏れのあるメカニズム2(披裂部に隙間→息漏れ→弱い発声)、別の人には息漏れのない効率的なM2=「補強されたファルセット(reinforced falsetto)」ピヨ。原典は「聴覚的ラフネス(粗さ)の移り変わり」を物差しにすると整理できると言うピヨ:
機構の制御でなく「出力の知覚(粗さ)」に注目するのが、運動学習の研究とも一致する賢い見方ピヨ。
第12章で「ベルト=巧みなヤール」って言ってたけど…ベルト歌手に「あなた上手に叫んでますね」って褒めたら、怒られないニャ?
ピヨピヨ、言い方には気をつけるピヨ!原典も「軽蔑の意図はなく、純粋な音響的観察だ」と念を押しているピヨ:
“the main tuning factor that defines both belt and yell is fR1:2fo tracking … Belting is, however, a modified, skillful, and—when properly done—completely healthy form of the yell acoustic strategy.” → ベルトとヤールの両方を定義する主な調律要因は fR1:2fo 追従ピヨ。ただしベルトは、ヤールの音響戦略を修正・洗練し、正しく行えば完全に健康的な形ピヨ。 p.123
違いは「生の叫びは有害な圧・雑音で嗄れを招くが、巧みなベルトは持続可能で嗄れない」こと。むしろベルトの表現力の源は、ヤールという“本能”との自然なつながり(人は高揚・ドラマ・切迫で叫ぶ)にあるピヨ。荒々しさを避けたい人は「コール(call)」と呼ぶこともあるピヨ。
Q. 結局、用語のすれ違いを減らすコツは?
「言葉」でなく「音響で起きている現象」で揃えることピヨ。カバーもクローズもミックスも、人によって言葉の意味は違うけど、fR1と倍音の関係・声帯のメカニズム・接触商といった音響/生理の事実で語れば、すれ違いはぐっと減るピヨ。言葉は道具、現象が本体――それがこの章の教えピヨ!